渇望と丸潰れ
彼はもう、何もできない〝穀潰し〟ではない。
ホドルムを殺した事で覚醒した、生粋の〝快楽殺人者〟。
その手で人間を殺す事、或いは直にとはいかないまでも眼前で人間の死を目撃する事でしか愉悦を抱けない、異常者。
今のサレスは、正しく〝死神〟。
協会長が拒絶するのも、無理からぬ事と言えよう。
しかし、そんな死神が優位に立てるのは人間相手だけ。
竜化生物が──竜化生物ではないのだが──ひしめく迷宮の中では役に立たない事を自覚している為、必要以上に危機感を抱いてしまうのも仕方ないだ事と言えなくはないものの。
「大丈夫だよ、【銀の霊廟】はともかく【紅の方舟】は優秀だ。 仮に今、竜狩人に転職したとしてもBランクパーティー相当の活躍を見込めるくらいにはね。 その証拠に、ほら」
「え……」
対照的に、ユニは全く以て心配などしていなかった。
滅多に他者を褒めないユニが、『相反する組織に転向しても即戦力になれる』とも評価する通り、【紅の方舟】の3人は負傷こそすれ本職を差し置いて最前線で戦い続けており。
ここに強化術師かつリーダーのホドルムが加われば、もはや【銀の霊廟】など必要ないほどの戦闘を実現できた筈。
では、その【銀の霊廟】の5人はどうかと問われると。
……まぁ、弱い。
動き自体に悪しき点があるわけではないし、それぞれが選んだ職業や武装が適性と合っていないわけでもないものの。
ただ単に、実力も経験も何もかもが足りていない。
また、まだ未熟だからとかそういう話ではなく、どれだけ長く続けたとしても決してBランクから上にはいけぬ、〝凡人の集まり〟でしかない彼らに活躍を期待する方が難しく。
ともかく、という興味なさげな一言でユニから梯子を外されてしまうのも致し方ない事と言ってしまえばそれまで。
そして、ユニの見立て通りに本職である筈の5人をよそに3人の門外漢が今、突発的な戦闘に幕を引くべく駆け出し。
「さぁ仕込みは完了! 神官が回復しかできない後衛職だと思ってんなら大間違いだ! 【銃操術:砲塔】、一斉射!!」
『『『E"、AAッ!?』』』
激戦の最中、神官が50近くの地点に撃ち込んでいた銃弾が同じ数の砲塔と化し、その砲口から彼の号令とともに放たれた投擲槍が如き細長い銃弾が数十の触手たちを貫く。
ダメージは低いようだが、彼の狙いはそこにない。
「後は頼むぞ前衛ども、後衛の俺に遅れは取んなよ!!」
「はッ、言われるまでもねぇ!」
「あぁ、大掃除の時間だ!!」
どこまでいっても後衛でしかない自分より働かない前衛なんて要らない、Aランクパーティーの一員として相応しい働きをしてみせろ、そんな煽りを受けた残る2人もまた奮い。
「【剣聖術:属刃】! 喰らえ、【剣操術:斬閃】ッ!!」
「回、転……ッ! 【鎌操術:鼬鼠】ッ!!」
『『『WOッ!? AAAARRRRM……ッ』』』
魔剣士の技能で付与された冷気を己が技能で更に強化した超低温の白刃と、忍者だからというより彼個人の柔軟な肉体と相性の良い高速回転する両刃鎌の一撃が無数の触手を襲い。
ある個体は完全に凍結したまま両断され、またある個体は全身を斬れ味鋭い旋風に切り刻まれ、完全に沈黙した。
……天使の一部である事が判明している為、死んでいるとは言えないのだろうが、それでも勝利した事に違いはなく。
「ッしゃあ! 一丁あがりっと!!」
「こンくらいなら余裕だな!」
「おいおい、まだ潜ってばっかだぞ? 気ィ抜くなよ!」
「わあってるっての!」
「「「わははははッ!!」」」
大活躍した3人が互いの貢献を称賛し合う中にあり。
「「「「「……ッ」」」」」
ちまちま、その表現しか似合いそうにない戦いしかできなかった5人は、悔しげに武器を握り締めるしかなかった。
(面目丸潰れだね。 奮うか腐るかは彼ら次第──)
(──……いや、【白の羽衣】の死活次第かな)