お手柄と急襲と
……この状況においては至極どうでもいい事だが。
その個体に付けられた名は、〝フリード〟。
ほんの十数日前まで、この個体を従えていた竜操士が『誰より速く、誰より自由に走れ』と願って付けた名だという。
前者はともかく、ある意味で後者は叶ったと言える。
何しろ、もうフリードを従えていた竜操士は死に。
自分の意思では外す事ができない迷宮宝具によって縮小化されたままとはいえ、もう誰の支配下にもないのだから。
そんな彼は──今さらだがオスである──『キミも一緒に行く?』というサレスの誘いに乗り、ユニや他の8人には処分される可能性を恐れて何も伝えず同行してきたわけだが。
「ふざけんなよ穀潰し……! リリパットで小さくなってるとはいえ、そいつがどんだけ危ねぇヤツか解ってンのか!?」
「ご、ごめんなさい……」
「……謝罪で済むなら警察官は要らないんだよ、サレス君」
無断で連れて来た時点で、こうなる事は目に見えていた。
今は小柄も小柄なものの、その危険度は堂々の〝S〟。
ひとたび狙われてしまえば、たとえ技能や魔術を使用してもなお人間の速度では逃げ切る事は不可能な上、覚悟を決めて戦う事を選ぶにしても『気づいた時には首と胴体が離れていた』という最悪の末路を辿る者が後を絶たないのだとか。
だからこそ彼らはサレスを叱責し、それでいてフリードからは距離を取りつつ警戒心を露わにしているのだが──。
「──お手柄じゃないか、サレス」
「……え?」
「「はッ?」」
ユニだけは、どういうわけかサレスを褒め始めた。
曰く、フリードを連れて来た事自体が功績だ──と。
その発言を受け、サレスのみならず8人全員が困惑する。
何故、危険度Sの竜化生物を連れて来た事を褒めるのか?
支配下にあるならまだしも、誰にも従っていないのに。
……【最強の最弱職】が居るから大丈夫だとでも?
と、いよいよ不信感が増してきていたその時。
「『前に潜った時と違って穴が増えてる、でも自分なら最奥までの最短距離が解る』──って言ってるけど、どうかな」
「……そうか、アンタは竜操士でもあるんだったよな」
さも何の気なしにユニが口にしたのは、おそらくフリードの発言を【竜王術:疎通】で翻訳したものであり、それは確かに危険を承知で迅豹竜を同行させる価値があると思わせ。
「……もし仮に、この個体が暴走した時は……」
「私が責任を持って制圧しよう」
「それなら、僕は構いません。 皆もいいかい?」
「「「「……」」」」
「【紅の方舟】の皆さんは?」
「俺らは最初から苦言なンぞ呈しちゃいねぇよ」
「……そう、ですね。 では、そのように──」
条件付きとはいえ【銀の霊廟】も、そして【紅の方舟】についてはそもそも反対していなかったという事実から、ようやく全員の意思が揃ったと思われた──まさに、その瞬間。
『──!! CHEEEE……ッ!!』
「えっ? な、何──」
突然、フリードが何かを察知して低く唸り始めた。
まるで、近づいてくる何かに対して威嚇するように。
いや、まるでも何も──……文字通りの威嚇だったのだ。
そして、サレスや【銀の霊廟】の5人が『何事か』とフリードの異変にのみ意識を向けてしまっていた、そんな中で。
「ッ!! おい【最強の最弱職】! 気づいてンだろ!?」
「あぁ、ようやくお出ましのようだね」
「な、何の話ですか?」
突如、【紅の方舟】の3人がほぼ同時に何かに対する警戒心を露わにするとともに臨戦態勢へ移行し、それを言及されるまでもなく誰より先に察知していたユニが微笑む一方。
ランクの違いゆえか、それとも経験の差か、まだ何も察知できていない聖騎士が困惑しつつ問いかけたのも束の間。
「忘れてるわけじゃないだろう? ここは迷宮──」
『『『──WOOOOOOOORMッ!!』』』
「なッ!?」
「地上とは比較にもならない、竜化生物の坩堝なんだから」
ほぼ全ての穴から、この迷宮に巣食う彷徨う者が現れた。
かつて、サレスによく似た少年を殺したものと同じ。
……蠕蚯蚓竜の群れが──。