事故ではない理由
原則、地上や迷宮を問わず竜化生物による人的被害は〝加害者不在の事故〟として扱われる事が殆どであるらしく。
放置しておくと危険かもしれないと判断されれば竜狩人が駆り出される事も多いが、その結果がどうであれ誰かに責任が生じる事はない、と言い切ってしまっても問題はない。
……裏で糸引く第三者が居なければ、の話だが。
そして先述したようにファラスや彼の両親、またファラスの仲間たちの死は今現在も〝事件〟として記録されている。
そう、つまり──……居たのだ。
あの迷宮を彷徨う者相当の蠕蚯蚓竜を暴走させた者が。
その事実が判明したのは、およそ1年後の事。
常通り〝事故〟として処理されそうになっていた事に納得がいかなかったラオークとドライアが、仕事を全て放棄してでも真相を追求しようとした結果、明らかになったのだ。
犯人は、1人のEランク竜操士。
とある迷宮にて従えたLv79の蠕蚯蚓竜を地上まで誘引し、ファラスの両親を乗せた馬車が通るであろう経路を引越し先から予測、木々に紛れて人目もつかず、かつ竜狩人や竜騎士の到着を可能な限り遅らせるべく両方の街から最も離れた林道の地中深くに潜り込ませて襲わせたのだという。
どうして、そのような愚行を犯すに至ったのか?
それは、その竜操士の前職が全ての原因だった。
彼の前職はファラスの母親と同じ職場で働いていた文官であり、どうやら婚前の彼女に強い懸想を抱いていたらしく。
僕の方が先に好きだったのに、ポッと出の武官が横槍なんて入れてくるから悪いんだ──というのが彼の主張だった。
とはいえ別に彼は、その身勝手な想いを彼女に告げていたわけでもなく、ただ遠くから眺める事しかできなかった奥手な男であり、後にファラスの父親になる大柄な男が彼女と仲良くなっていく様を見ている事しかできなかった臆病者。
……何もできず、臆病なままで居れば良かったのに。
彼にとっては幸運にも、そしてファラスやその両親にとっては不幸にも、彼自身でさえ気づいていない才能があった。
それは、竜操士の適性がSランクだったというもの。
前職が文官であった為か身体能力は低いが、それを補ってなお余りある知力と知識量、そして圧倒的な竜操士としての適性の高さが評価され、Dランクからのスタートとなり。
狩人講習の最中、嚮導役の目を盗んで生まれて初めて発動した【竜王術:調伏】にて、あろう事か70近くもLvが上の迷宮を彷徨う者を従え、犯行に及ぶに至ったのだとか。
……と、そんな一連の供述を語った彼は。
ラオークとドライアが発見した時、すでに死んでいた。
何とも身勝手な事に、『彼女が居なくなった世界で生きる意味はない』、『僕は悪い事なんてしていないから彼女と同じ天界で再会できる筈だ』という胸糞悪い遺書を残して。
もちろん、こんな事件を起こした彼が天界になど召されるわけもなく、協会専属の死霊術師が【霊障術:死霊】にて彼の魂を喚び出した際、彼は随分と逆上した様子だったが。
目の前の、彼とは比較にさえならないほどの憤怒を発露させた元Aランク2人を前に、全てを自白するしかなかった。
……しかし、しかしだ。
罪を告発しようにも、罰を与えようにも。
彼はもう、死んでしまっている。
しかも過去に一度【神秘術:蘇生】で蘇った経験があったらしく、復活させた上で罰するという事もできなかった。
そして、『復活できない』といえば──もう1人。
ファラスは何故、蘇る事ができなかったのだろうか。
それは彼が産まれる前、運悪く母親の胎内で臍の緒が首に絡まった事による窒息死にて亡くなってしまい、それを知った両親がかつての仲間の1人である神官に頼み込んで。
臍の緒を魔術で解いた上で復活した事があった為である。
ちなみに、ファラスの両親やファラスの仲間たちについても欠片すら残さず蠕蚯蚓竜に喰われ、そして完全に消化されてしまっていたが為に、こちらも復活する事は叶わず。
大切な家族や巻き込まれてしまった者たちを蘇らせる事ができないばかりか、その事件を起こした者を罪に問う事もできない──2つの絶望が同時に襲ってきた事でラオークはともかくドライアは再起不能なほどに打ちのめされてしまい。
糸の切れた人形のようになってしまったのだという。
それが、およそ半世紀前にも亘る悲劇の全容だった。