娘よりも、娘婿よりも──
それから、また十数年が経過した頃──。
ファラスは、狩人として活動していた。
祖父であるラオークと同じ、竜狩人として。
ランクは最初からFとEをすっ飛ばしての、D。
これは決して『祖父が竜狩人協会の幹部だから』などという〝縁故〟による贔屓ではなく、ファラス自身に宿る天性の才覚を将来性も込みで評価されたからという正当な理由によるものであり、ラオークは彼の評定に口を出してはいない。
そして先達の狩人に嚮導役を務めてもらっての狩人教習を受講し終えてからというもの、ファラスはみるみる頭角を現して、パーティーメンバー共々Cランクへ昇格を果たし。
年齢的には若手ながら〝中堅〟と呼んで差し支えないほどの実力と経験値を兼ね備えつつあった、そんなある日の事。
彼が率いるパーティーに、1つの依頼が来た。
依頼の種別は、〝護衛クエスト〟。
依頼内容は、『近郊の街への引っ越し中の護衛』。
そして依頼人は、ラオークとドライアの娘とその婿。
つまり、ファラスの両親だった。
最初こそ反対し、心配し続けていた母親も狩人として成長していく息子の姿に少しずつ安堵感を抱けていたらしく。
生まれつき身体が強い方ではなかった母親を慮っていた父親が、かねてより『空気が美味しく自然も多く、より牧歌的な地で余生を過ごしたい』と願っていたが為の依頼だった。
狩人としての活動を認めてくれた実の両親からの依頼となればファラスに断る理由などなく、また彼を心から慕っていた仲間たちも快く了承した為、正式にクエストが発注され。
ラオークやドライア、ご近所さん方に見送られながら2人を乗せた馬車──竜化生物そのものが苦手な母親の為に普通の馬が曳く馬車──がルレンジアを発ってから約1時間後。
ラオークとドライアを絶望させた、あの事件が起こる。
夏の日差しを両端の木々が防ぎ、吹き抜ける風も爽やかな林道を緩やかな速度で何の支障もなく通過していたその時。
ぐらっ、と地面が強く大きく揺れて。
ファラスを含めた全員が警戒を強めたのも束の間。
馬車が、真上に吹き飛んだ。
その周囲を護っていたファラスたちも、一緒くたに。
何が起こったのか、馬車の中の両親は無事か、その2つを同時に確かめるべくファラスが空中で顔を馬車へ向けると。
そこで彼の目に映ったのは、どう見ても地上を蠢く者とは思えないほどの巨躯と大牙を持つ1匹の〝蠕蚯蚓竜〟が。
すでに衝撃で気絶していた2頭の馬と、まるで『そのまま逃げろ』と言わんばかりの諦念と慈愛に満ちた微笑みを湛えた両親を、ぐしゃりと馬車ごと噛み砕く最悪の光景だった。
ファラスは一瞬にして深い哀しみと強い怒り、そして何よりも羅刹のような殺意を抱き、祖父母譲りの【爪】を構えつつ己の命を捨ててでも両親の仇を討つ為に特攻を仕掛ける。
当然、仲間たちも彼に続いて着地して間もなく体勢を立て直し、クエストに失敗したという事実こそ変えられずともリーダーの復讐くらいは叶えてやらねばと全身全霊で挑んだ。
……ファラスはともかくとしても、ここで仲間たちが撤退を選択しなかったのは、よりにもよって護衛クエストの数日前に地上を蠢く者個体の蠕蚯蚓竜を討伐できたからだったが、もし冷静になれていれば違う未来もあったかもしれず。
どこまでいっても当時の彼らは中堅格、激情に身を任せるなというには若すぎたのだろうが、今となってはもう遅く。
あと20分も進めば到着していた筈の近郊の街から、その騒ぎを聞きつけた狩人や竜騎士たちがやって来た頃には。
いくつかの装備だけを遺して、おそらく蠕蚯蚓竜に喰われてしまったのだろう仲間たちのものと思われる血痕と。
死してなおピクピク蠢く、傷だらけの蠕蚯蚓竜の死骸。
そして、そんな仇敵に片腕を喰い千切られながらも仇だけは討ったのだろう、ともすれば満足げにも思えるボロボロの笑みを浮かべつつ、へし折れた木に背中を預けて座り込む。
ファラスの遺体が、そこにはあった。
……ここで終わっていれば、まだマシだったのだろうが。
残念ながら、まだ悲劇は終わっていない。
何故なら、この一件を〝事件〟と称するに足る──。
──全ての引き鉄となった存在が明らかになったから。