半世紀前の悲劇について
……今から、およそ半世紀前のリュチャンタには。
かたや竜狩人協会、かたや首狩人協会という機能的にも思想的にも相反する組織に属していながら互いを〝好敵手〟と認め合い、高め合っていたという男女2人組の狩人が居た。
竜狩人協会所属、〝ラオーク=マンダリン〟。
首狩人協会所属、〝ドライア=クレイン〟。
当時から竜と首の折り合いは芳しくなく、それぞれがパーティーを組んでいた仲間たちが出会せば一触即発もやむなしといった状態の中、同い年という事もあってかその2人の仲だけは良すぎる事も悪すぎる事もない良好な関係にあった。
互いに修道士、互いに【爪】使い──同じ職業に就き、同じ武器を携えていた事も共鳴を強める要因だったのだろう。
それぞれのパーティーのリーダーを務めていたラオークとドライアは、不用意に仲間たちとの不和を起こさない為にも会う時は必ず2人で、そして人目につかない場所を選んだ。
……人目につかない場所で、年若い男女が2人。
何も起きないわけもなく──。
いつしか2人の間に、1人の女の子が産まれていた。
ラオークとドライアの娘にあたる、愛らしい女の子が。
意外にも仲間たちは、その子の誕生を祝ってくれた。
流石に子供まで目の敵にはしない、という事なのだろう。
その女の子は、ともすれば好戦的にも思われがちな両親とは違って、どちらかと言えば内向的で大人しい性格であり。
両親と同じ竜狩人や首狩人はもちろんの事、警察官や竜騎士といった荒事に対応する事も多い仕事には向いていないと本人も自覚していた為か、成人するより前に『文官になる』と己の意思で決め、その夢を実際に叶えてみせた。
それから数年後、世界で3番目の大国であるアイズロンの王都、〝ルレンジア〟の王宮で文官を務めていた彼女が。
すでに狩人として現役を退き、それぞれが属していたアイズロンの協会における幹部の座に就いていた2人の元へ。
同じく王宮で武官を務めているという男性を連れて来た。
この時点で、2人は何となく察していた。
きっと、この男性が〝娘婿〟になるのだろうと。
本来、文官と武官は対立して当然の立場にあったが。
かたや竜、かたや首──相反する組織に属していながら恋仲となった自分たちに似たのだと思えば疑問はなかった。
事実、『娘さんを僕に下さい』、『必ず幸せにしてみせます』と頭を下げてきた男性の誠実さを見た2人は、これといって反対する事もなく『娘を頼む』と微笑みかけて了承し。
その数年後、彼と娘の間に1人の男の子が産まれた。
ラオークとドライアにとって、初孫となる男の子が。
娘の案で〝ファラス〟と名付けられたその子は美少女と見紛うほどに麗しく、それでいて文官である母親の聡明さと武官である父親どころか腕利きの狩人だった母方の祖父母のかつての姿を思わせる身体能力をも持って産まれており。
どんな仕事をするにしても大成し、歴史に名すら残すかもしれない──と両親だけでなく祖父母までもが期待する中。
ファラスが憧れたのは、かつての祖父母の冒険譚。
竜も首も問わない、狩人としての道。
反対したのは、荒事が苦手な文官の母親だけ。
すでに亡くなっていた父方の祖父母を除き、ラオークとドライア、そして父親の3人は『頑張れ』と背中を押した。
……その選択こそが、悲劇の始まりだとも知らずに──。