殺人の才能
いつもならば『ああでもない、こうでもない』とソロやパーティー単位での戦い方の模索や、ランクが近い者同士の手合わせ、先達から新米への指南などで騒々しい修練場は今。
「「「……?」」」
歪とさえ感じるほどの静寂に支配されていた。
その静寂の理由は、ただ1つ。
現実を、受け入れられていなかったからだ。
誰もが『無能が』と『穀潰しが』と蔑んでいた筈の万年Fランクが、更なる活躍を期待されていたAランクを翻弄し。
あまつさえ、その首を刎ねてしまったのだから──。
とはいえ、いつまでも呆けていられないのも事実。
「〜〜……ッ!? ほッ、ホドルム!!」
「「く……ッ!!」」
ホドルムのパーティーメンバーの1人である神官が我に返って駆け寄っていくのを見て、残る2人もその後に続き。
「【神秘術:蘇生】! 【神秘術:蘇生】!! リザ──」
首と胴体がお別れした遺体に対して【神秘術:回復】による上級魔術を発動した事で首と手を繋げた直後、再び命に火が灯るまで何度も何度も諦める事なく蘇生の技能を行使し続けてはいるものの、ホドルムが目を覚ます様子はない。
それでも諦めず、空撃ちし続けた事によってMPが尽きかけ意識が薄れてもなお意味のない蘇生を続けようとしたが。
「もうやめろ! 効かねぇのは解ってンだろうが!!」
「け、けど……ッ!」
見かねた仲間の1人が、それを無理やり制止する。
彼もまた、解っていたからだ。
元より、ホドルムの蘇生は叶わないのだと。
「……ホドルムは2度目だ、3度目はない……違うか?」
「く、そ……ッ、何で、こんな──」
そう、ホドルムはすでに一度──死を経験していた。
並の神官では、3度目の生など与えられない。
きっと自分も解っていたのだろう、その諭すような言葉を受けた神官はMPを流す手を止めて悔しげに地面を叩く。
……まぁ、それはそれとして。
『──で?』
「で?」
『恍けないでちょうだい。 あの木偶の坊の死活なんてどうでもいいから、あの子の〝才能〟についての話をしなさいな』
「あぁ、そうだね。 何て言えばいいか……」
その一部始終を決闘が始まる前から観ていた魔界のNo.2にして悪魔大公のアシュタルテが、そもそも興味がなかったホドルムの遺体には目も暮れずサレスについて問いかける。
ユニが言っていた〝殺人の才能〟とは? ──と。
「さっきも言ったけど、あの子には〝殺人の才能〟があるんだよ。 家畜の屠殺や野生動物の狩猟、竜化生物の討伐には全く活かされず、人間を殺す時だけ活きる限定的な才能が」
『あの枯れ木みたいな男の子が、ねぇ……』
ユニ曰く、〝人間という種を殺す為だけに生まれてきた人間〟なる表現が最も適切であり、ユニを始めとした10人のSランクが同じ時代に居なければ、まず間違いなくEXランクになっていただろうとさえ確信しているようだった。
その証拠に──というのが正しいのかはともかく。
サレスの一挙手一投足からは、一切の音がしない。
ベッドから降りる時、服を着替える時、靴を履く時、街を歩く時、地面を蹴って駆け出す時、槍の柄に足を下ろす時。
そして人を殺す時も、サレスから音が聞こえる事はない。
おそらく、無意識に音を殺しているのだろう。
もちろんユニにも同じ事はできようものの、あくまでも意識した場合のみであり、それを思うと彼の異常性が際立つ。
当然ながら声だけは例外だが、もし片時も声を発さず死角から近寄って来られたなら、ユニでさえ満足に反応できず。
殺されはしないまでも多少の傷を負うかもしれない、とユニが口にするものとしては最大限の評価まで下していたが。
『けれど、そんな才能があるならもう少し扱いが良くてもいいんじゃない? さっきの様子、まるで見せ物だったわよ?』
ならば何故、彼が人間以下のような扱いを受けていたのかという抱いて当然の疑問をぶつけてきたアシュタルテ。
ユニすら脅かすような才能があるのなら、それこそAランク以上の狩人になっていても不思議ではない筈なのに。
と、そんな疑問に対してもユニは表情1つ変える事なく。
「確かにあの子には才能がある。 ともすれば、私すら超え得る殺人の才能がね。 けど逆に言えば、あの子にはそれしかないんだ。 人殺し以外は何1つ人並みにさえできないんだよ」
あまりにも能力値が低い事以前に、〝殺人〟以外のあらゆる面において〝人間の下位互換〟と呼ぶに相応しい力しか持たない為に、どうあっても評価される事はなかったと語るも。
『うーん……』
「まだ何か?」
ここでまた、アシュタルテの脳裏を1つの疑問が過ぎる。
『じゃあ、どうして竜狩人協会に入ってたのよ』
「あー……それは──」
そう、何故サレスは明らかに適性がある筈の首狩人協会ではなく竜狩人協会の方に籍を置いていたのかという疑問が。
そして、どうやらユニはその理由を知っているらしく。
それでいて言い澱むような仕草を見せた後、『まぁいいか別に』とでも言わんばかりに語り始めようとした、その時。
「──【最強の最弱職】……ッ!!」
「ん? 何かな」
「お願いだ、ホドルムを蘇らせてほしい! アンタなら、Sランク狩人のアンタならできるだろ!? 頼む、この通りだ!」
先ほどまで蘇生を試みていた神官が、頭を下げてきた。
それはもう、見ていて痛々しくなるくらい全力で。