〝5手〟
今さらだが、ホドルムはLv81の強化術師。
主要武器は【槍】、そちらのLvは85。
どちらの適性もAランクと非常に優秀な首狩人。
生まれが港町であり、首狩人になるまでは類い稀なる巨躯を活かして漁師たちを手伝っていた為か、どちらかと言えば〝銛〟に近い造形の長槍で敵を薙ぎ払う生粋の前衛。
また、ただ闇雲に槍を振るうだけでなく俯瞰的な視野で以てパーティー全体への臨機応変かつ電光石火の状態好化も欠かさぬという、Bランクパーティーのリーダーとして相応しい素質をも兼ね備えた新進気鋭のAランク狩人でもあり。
何はともあれ、リュチャンタの首狩人協会に所属する狩人の中では最高峰の実力を誇っている事は間違いないし、ユニに乗せられた形とはいえサレスの分不相応な挑戦に呆れてこそいたものの、そこに油断や慢心といったものは一切なく。
サレスから目を離していなかった事はもちろん、ミノが開始を宣言した瞬間に4種全ての状態好化を付与する周到さまで持っていた以上、接近を許すどころかサレスが1歩でも動こうものなら中距離から貫いてやるくらいには考えていた。
……筈なのに。
(竜狩人を辞めた以上、職業技能は使えない! 装備した爪も普通の武器……! じゃあ一体、何がどうなって……!?)
何故、微動だにせぬまま足元への接近を許したのか。
瞬間移動したわけでもなければ、跳躍したわけでもない。
ただ普通に歩いてきただけの、この少年の接近を。
──〝1手〟。
「う……ッ、おぉおおおおッ!!」
しかし、ホドルムの困惑もほんの一瞬の事。
加速させたSPDで振りかぶった槍の矛先を足元の少年へ向け、技能も使わず勢いそのままに振り下ろした一撃は。
「ッ!?」
「きッ、消えた……!?」
「嘘だろ、どこに──」
何も居ない、修練場の地面に突き刺さっただけ。
まるで煙が幻のようにホドルムの視界から、そしてホドルムの前方に立つ野次馬たちの視界からも消えたサレスの行方を彼らが声を荒げつつ辺りを見回して探していたその時。
「──背後だ、ホドルム!!」
「なッ!?」
「「「!?」」」
野暮だとは思っていたが万が一にもリーダーが敗北する姿など見たくないと判断したメンバーの1人の声で、ホドルムはもちろん前方に立っていた野次馬たちも驚く事になる。
真に、いつの間にかサレスが彼の背後に立っていたから。
声も聞こえず音もせず、正しく〝いつの間にか〟。
──〝2手〟。
「〜〜……ッ! 【槍操術:五芒】!!」
次の瞬間、ホドルムは振り向きもせず槍の技能を行使。
振り向いている暇さえ惜しいと確信したからだ。
全てを黒く塗り潰すような、〝殺気〟が原因で──。
(いくら何でも、これで終わ──)
そうして前を向いたまま後方へと振るわれた1回の突きで5回の刺突を発生させる技能により、この悍ましい殺気の出処なのだろう少年の痩躯を蜂の巣にできると踏んでいた。
……が、しかし。
「──り……ッ!?」
「「「!?」」」
蜂の巣にできるどころか、一切の傷を負わぬ状態で。
サレスは槍の矛先のすぐ下、柄の部分に立っていた。
今にも走り出さんとしているような、前のめりな姿勢で。
見ていなかった為に何が起こったのか解らないでいるホドルムが困惑を通り越して混乱にまで至っていた、その一方。
ホドルムの仲間の1人は、その一部始終を見ていた。
(【槍操術:五芒】を足蹴に……! 何なんだよアイツ……!)
そう、サレスは自分を目掛けて振るわれた5回の刺突の1つ1つに足を掛け、さも階段を上るかのように突きを躱し。
最後の1回で足を止め、今の姿勢に移行していたのだ。
引導を渡す為の、〝超前傾姿勢〟に──。
──〝3手〟。
「〜〜ッ!! 避けてばかりじゃ勝てねぇぞ!?」
それを察してか、ホドルムは迎撃用に【増強術:攻勢】を槍を持っていない方の腕に付与、全力で殴り抜く事を決意。
槍を引いてから再び振るうのでは遅いと断じたからだ。
だが、その判断もまた──……遅かった。
「【爪操術:導火】」
「ッぐ、あ……!?」
「ホドルム!?」
「右手を……!」
決意した時にはすでに技能を発動し終え、ホドルムの方へと走り出しながら空気との摩擦により爪に火属性の魔力を纏わせ終えていたサレスの斬撃が、ホドルムの右手首を切断。
本来なら空気との摩擦の際に金属同士を擦り合わせたような高音が鳴り響く筈だが、至って静かに彼は右手を欠損し。
突然の事態だった為か、誰もその異常に気付けなかった。
──〝4手〟。
そして今、サレスは槍の柄を土台に軽く跳躍し。
『もう、〝我慢〟しなくていいって言ったらどうする?』
あの時、ユニに見透かされた上で告げられた言葉を胸に。
「殺せる……やっと、人間を殺せる……!」
「……ッ!! や、やめ──」
程良く鍛えられたホドルムの太い首を、刎ねる。
──〝5手〟。
それは奇しくも集会所内でサレスの殺気だけで怖気づかされた男が体感した、あったかもしれない死と良く似ていた。
「あの子には、現時点ですら私に比肩する〝才能〟がある」
「動物でも竜化生物でもなく──〝人間を殺す才能〟が」