蛮勇への嘲笑
一方、ユニに告げられるままサレスを置いて先に行ったホドルムに釣られ、修練場へ集まった野次馬たちはといえば。
どちらが勝つか、という賭けに対して掛け金を胴元を勝手に務める男へ預ける事自体はすでに終えていたようだが。
「賭けにならねぇよこれじゃあ……」
「解り切ってた事だろ」
どうやら、あまりにもホドルムへ賭ける者が多すぎたが為に賭けとして成立しているかどうかと問われると非常に怪しく、もう少し大穴に賭けるヤツが居る筈だと踏んでいた守銭奴がガックシと肩を落とす中、野次馬たちがざわつき始め。
「それよりほら、来たみたいだよ」
「おっ、やっとか」
遅ればせながら、ユニとサレスがやって来た事を察する。
しかし、そこに居たのは2人だけでなく。
「ほ、本当は駄目なんですよ? 協会長が不在の時に、こんな勝敗の解り切っている私刑じみた決闘をするなんて……」
「まぁまぁ、そこは私の顔に免じてほしいな」
「……釈明も一緒にしてくれますか?」
「気が向いたらね」
「……」
おそらく協会の受付嬢の1人なのだろう、サレスと大差ないほど気弱そうな女性がズレ落ちかけた眼鏡を直しつつ突然の決闘に苦言を呈しながら【最強の最弱職】に阿っており。
気が向いたら、という事は多分ユニの気は向かないのだろうな──と解っているからか諦めたように溜息を吐く一方。
「……いいか穀潰し。 やると決めたからには手加減なんぞしねぇし殺す気でやるからな、死んでから後悔しても遅ぇぞ」
やいのやいのと野次馬たちが茶化す中、戦意を高めている最中だからか声を荒げるつもりはない様子のホドルムが口にした、完全に勝利を確信した上での『今ならまだ許してやってもいい』と聞こえなくもない宣告に対し、サレスは。
「ボクも、そのつもりです……」
「何?」
「手加減も、しませんし……殺す気でいきます……っ」
「「「……はぁ?」」」
その真意を汲まず、あろう事か挑発し返してきた。
小動物が如く震える身体と、虫も殺せぬような面持ちで。
瞬間、騒がしかった野次馬たちが呆け切ったのも束の間。
「「「ぷっ……! ははははははははは……ッ!!」」」
「笑わせんなよ穀潰し! テメェが誰に勝つって!?」
「地力も経験値も遠く及ばねぇ癖によ!」
「やっぱアイツに賭けるか!? 酒の肴にゃなりそうだ!」
修練場はサレスの蛮勇に対する嘲笑で支配された。
無理もないだろう、1年かけてもFランクから上にいけなかった無能と、1歩ずつとはいえ確実な足取りでAランクまで昇り詰めた有能では優劣を比較する事さえ烏滸がましく。
もはや、サレス自身とユニ以外の全員がホドルムの勝利を信じて疑わず、これから目の前で起こる事を〝喜劇〟か何かだと言わんばかりに酒やツマミまで持ち寄って来る始末。
「俺はお前を嗤うつもりはねぇが、考えてる事自体はアイツらと大差ねぇ。 彼我の力量差も見極められねぇようなヤツは首狩人にゃなれねぇし、Sランクなんざ夢のまた夢だ」
「……それ、でも……ボクは、負けません……っ」
「……話にならねぇな。 おい〝ミノ〟、もう始めろ」
「は、はい! それでは……ッ」
一方のホドルムは冷静でこそあれ、ユニに乗せられて分不相応な夢を見ようとしているサレスに対して完全に呆れ切っており、勝敗の解り切った決闘をさっさと終わらせてしまう為に、ミノと呼ばれた受付嬢に開始を宣言させんとする。
それに伴い、ぎゃははと嗤っていた野次馬たちによる喧騒も収まり、さりとて緊迫感らしい緊迫感もない中にあって。
「決闘、開始──」
ミノが掲げた右手を振り下ろしつつ開始させたその瞬間。
「──……は?」
サレスの〝1手目〟が、完全にホドルムの虚を衝いた。