踏み入ってはならない理由
ユニが満たしているという、〝特定の条件〟。
それは鏡試合の時にも浮き彫りになった竜と首、双方の関係が決して良好とはならない問題が大きく関わっており。
もちろん、ユニはそれを知った上で踏み入っている。
たとえ、その条件を満たしたがゆえに全世界の首狩人から命を狙われるとしても、『だから何?』とでも言わんばかりに蹴散らしてしまえる事は想像に難くないからであり。
今、2人の前に立ちはだかっている巨漢もそんな有象無象の1人でしかない──……と思うのも当然であった筈だが。
「……Bランクパーティー【紅の方舟】のリーダー、〝ホドルム〟。 少し前にAランクへ昇格してたね、おめでとう」
「な……ッ!? お、オレを知ってんのか……!?」
世界最高の狩人とも名高い【最強の最弱職】から名を呼ばれただけでは飽き足らず、Aランク昇格の事実まで知られていた事に、やいのやいの言っていた彼も思わず目を見張る。
人当たりの良さそうな笑みを貼り付けているだけで、弱者の存在など歯牙にもかけない氷のような狩人といった悪印象を抱いていた事もあり、王都に次ぐとはいえ1つの街で燻っている自分を知っているとは夢にも思わなかったようだが。
「単独でAランクまで辿り着いた狩人は、竜も首もなく覚える事にしてるんだ。 記憶の片隅に留める程度ではあるけど」
「そ……そうかよ」
(照れてンな)
(嬉しさが隠せてないわね)
パーティー単位ではなく、あくまでもソロでAランクの境地まで到達した優秀な──尤も協会基準の為、ユニからすればそこそこ止まりだが──狩人くらいは覚えておいてやってもいいという無自覚の上から目線に、ホドルムの顔が緩む。
どうやらAランクに昇格するまで相当な時間と研鑽を重ねてきたらしく、それを肯定されたようで嬉しく思わずにはいられなかったのだろう事を周囲の同業者たちが看破する中。
「と……ッ、とにかくだ! ここはテメェを〝賞金首〟としか見てねぇヤツらの巣窟だぜ!? よくもまぁノコノコやって来れたモンだ! 〝目先の金〟ってレベルじゃねぇんだぞ!?」
「「「……!!」」」
思わぬサプライズにより弛んだ空気を引き締め直すかの如く声を荒げた彼の言は、確かに集会所の空気を一変させた。
そう、ユニはドラグハート以外だと賞金首なのだ。
優秀なだけの狩人なら他国でも歓迎されるが、優秀すぎる狩人は他国にとって国と国との関係を揺るがす脅威以外の何物でもなく、ゆえに懸賞金が掛けられてしまう事があり。
今の時代のSランク10人は1人残らず本拠地を除く他国の首狩人協会から賞金首として扱われ、もし討ち倒す事ができれば莫大な懸賞金が国や協会から支払われるのだという。
もちろん【黄金竜の世代】ともなれば、もはや人生を何度やり直しても使い切れないほどの財が手に入るのかもしれないが、それができるならとっくに誰かがやっているだろう。
「賞金首、ねぇ……別に仕掛けて来てもいいけど──」
何しろ今、彼らの目の前に凛と立つ狩人は──。
「──命、賭けられる? 【最強の最弱職】相手に」
「う……ッ!!」
「「「……ッ!?」」」
技能も魔術も迷宮宝具の1つも使わず、そこに居合わせた全ての首狩人へ〝濃密な死〟を感じさせるほどの威圧感を放つ事まで可能な、ただ1人のEXランクなのだから。
……が、しかし。
ユニの目的は、彼らを威圧する事などではなく。
「……何てね。 今日はそういうつもりで来てないよ」
「この先あンのか? そういうつもりで来る日……」
「揚げ足取る暇があったら感謝してほしいね、何せ──」
それゆえ、ユニがあっさりと圧を霧散させた事で一気に空気が弛緩、居合わせた者たちが滝のような冷や汗を流したり腰を抜かしたりする中、何とか揚げ足を取るくらいの余裕はあったらしいホドルムに対し、ユニはくるっと踵を返す。
そして、その場に居合わせた首狩人たちはもちろん。
「──未来のSランク首狩人を連れて来てあげたんだから」
「……えっ?」
「「「……?」」」
背中を押されたサレス自身にも信じ難い一言を口にした。