弱者たちの意地
この鏡試合が始まる少し前。
スプークは、ユニを〝勘違い女〟と蔑み。
そんな彼を、碧の杜は〝詐欺師〟と蔑んでいたが。
それぞれの、それぞれに対する蔑称には正当であったりそうでなかったりする理由があった。
そもそも魔導師とは、先述した通り技能に依らない魔術の行使を可能とする者たちを指し、実際に技能なしで魔術を発動できてはいるものの、では何故そんな芸当が可能なのかという疑問は残るだろう。
その疑問に対する解答から来る蔑称こそが、詐欺師。
碧の杜が──もとい、魔導師の裏事情を知る一部の者たちが魔導師たちを疎んでいる理由に繋がる。
……話を戻そう。
何故、技能なしで魔術を扱う事ができるのか。
それは、彼らが扱っている力が。
正確に言うと、魔術ではないからだ。
そうなると、魔術ではないなら何なのかという新たな疑問が湧くだろうが、それについての解答はすでに一部の者たちにとっては周知の事実となっている。
──……〝精霊〟。
陸、海、空、山、谷、地下、深海、大気圏といった自然界や、村、町、国といった人間たちの生活圏に至るまで。
竜化生物とは比較にならないほどの範囲と数で以て、この広い星のどこにでも生息し。
それでいて、誰にでも姿が見えるわけではないという不可思議な存在。
同じく見える者と見えない者が居る死霊などとは違い、基本的には人間を能動的に襲う事はなく、むしろ友好的。
悪戯好きな一面もあるが、ご愛嬌といったレベルだ。
魔力そのものである彼らは総じて星の心臓から生まれ、そこから先述した世界各地へと散っていき、そこにある様々なものに宿ったり宿らなかったり、人間や竜化生物に力を貸したり貸さなかったりする自由気ままな幼児の如き存在。
そんな精霊を狩人たちは、とある職業に就く事でのみ使役する事ができる。
神官と商人を派生元とする合成職、〝精霊術師〟。
あらゆる職業の中で唯一、一切の技能を持たない代わりに精霊と言葉を交わし、力を借りる事ができる特殊な職業。
尤も、この職業に就いたとしても精霊の気まぐれ如何で戦闘するに足る力を借りられるかどうかが決まる為、一般的にはあまり好まれる職業ではないのだが──まぁ、それはそれとして。
星の心臓から生まれたばかりの精霊たちは魔力の塊ではあるが属性を持っておらず、そこから各地で宿った物質によって獲得する属性が変化し、そんな彼らの魔力を精霊術師たちは魔術に似て非なる力として行使する事となるのだが。
……ここまで言えば、察してもらえるだろうか。
もう1度だけ言おう。
魔導師の力は、正確に言うと魔術ではない。
魔術に似て非なる力なのだ。
……精霊の、力なのだ。
世界各地に散らばる精霊たちを捕獲し、杖を始めとした触媒に宿らせるか、宿らない場合は閉じ込めるかして、魔力を奪い尽くして消滅し、また星の心臓へと還るまで利用する。
無垢な精霊たちを捕獲して利用する事は罪にならないのかという抱いて当然の疑問もあるとは思うが、残念ながらそうはならない。
何しろ精霊は星の心臓から半永久的に生まれ続ける為、特に問題ないと各国の首脳陣も判断しているのである。
しかし、もちろん倫理的にどうなのかという考えを持つ者たちもいる。
その多くは魔術師や神官、それらを派生元とする様々な魔術職を有する狩人たちであり。
また、逆恨みもいいところだが魔導師たちは自分たちの行いを何代にも亘って正当化し続けている為、精霊術師を疎んでさえいるものの。
【最強の最弱職】、ユニに対する嫌悪や憎悪と比べれば可愛いものである。
そもそも、ユニが【最強の最弱職】と呼ばれる所以。
それは、転職士でありながら誰よりも強いからというのもあるが、転職士でありながら誰よりもドラグリアの技術革新に貢献したという事が非常に大きい。
ユニは、まだ18歳だが世界の誰よりも迷宮に潜り。
迷宮宝具を持ち帰り、己の夢を叶える為に不要だと断じたものはそのままドラグハートに寄与している。
その数は、これまで彼女以外の狩人たちが見つけてきた全ての迷宮宝具の数と比べても大差ないほどであるという。
実際、彼女が正式に狩人になってから──……否、養成所時代に仮免許扱いの〝認識票〟を貸与された状態で比較的安全な迷宮に潜っていた頃から、ドラグハートの技術は文明レベルで他国を圧倒し始め、それらを高値で他国へ貸し出した事でドラグハートはいつしか世界最大の技術力と軍事力を併せ持つ大国となっていたのだが、それはさておき。
……その中の1つに、〝アーク〟というものがある。
それは、言ってしまえば様々な形に加工可能な水晶であり。
その中に、いくつかの魔術や技能を込めておく事で、狩人や魔導師ではなくとも任意のタイミングで扱う事ができるという優れ物。
普通の狩人なら間違いなく自分の物として独占して然るべき代物だろうが、元々転職士であり全ての技能や魔術を扱えるユニには全く以て無用の長物。
国へ寄与されたアークを、ドラグハートの開発陣は実に1年という期間を費やして複製化に成功し、まずはドラグハートの人々が、そして2、3年後には世界各国の人々が多少なり値は張るとはいえ気軽に技能や魔術を扱えるようになった。
だから、ユニは一方的に疎まれているのだ。
彼らが精霊を捕らえて利用してまで担っていた役割の殆どを、彼らでなくとも良いようにしてしまったから。
彼らを真の、〝詐欺師〟としてしまったから──。
「我らは証明せねばならぬのだ!! 我らの魔術は決して、あの女の力になど劣らぬと!! 魔導師は偽りの証ではないのだと!! 我らは……ッ、この世界に必要な存在なのだとッ!!」
そんな魔導師の代表たるスプークが叫んでいる。
それまで世界に必要とされていたのに、ユニ1人の台頭で不要となったなど認められるものかと。
どうか我らを認めてくれと。
その為ならば、リューゲルに助力する事も厭わないと。
一見すると、とんでもなく身勝手な意見に感じるかもしれない。
実際、身勝手ではあるのだろう。
しかし、スプークの言い分をリューゲルは理解できた。
彼もまた、ユニやトリスの台頭でSランク最上位としての座を下ろされてしまっていたからだ。
その事に後悔はない、弱い自分が悪いのだから。
だが、だからこそ理解できたのだ。
(……はッ、詐欺師の分際で根性見せやがって……!!)
彼の内に潜む鋼のような意志を。
「魔導師なんかに負けてられない……! 私も支援するわ!」
「「「俺たちもやるぞ!」」」
「「「私たちだって!」」」
そして、そのやりとりを見ていた白の羽衣の魔術師が震える身体に鞭打って同じように状態好化の魔術を発動したのをきっかけに、まだ避難できていなかった魔術職の狩人たちもまたリューゲルに力を貸していく。
スプークの最上位魔術に比べれば、1つ1つは弱く頼りない。
だが、リューゲルは確かに感じていた。
まだ弱かった時の自分を想起させるような、弱者の意地を。
(あとは任せろ……見せてやるよ、俺の本領!!)
ゆえに彼は、ようやく本気を出す事に決めた。
元より出足が遅れ気味ではあるが、ここに至るまで本気を出さなかった理由はそこにはない。
……戻れなくなるかもしれないからだ。
そうしている内に、リューゲルの身体から音が聞こえ出す。
ミシミシ、バキバキ──といった鈍い音が。
「グルッ、GURURURU……ッ!!』
「!? おい、アレ……ッ!!」
「「「ッ!?」」」
それに伴い喉を鳴らす音さえ変化した事に気づいたとある男が指を差すのに釣られ、【旭日昇天】の眩さで何とも見えにくくはあるリューゲルを見上げた瞬間、観覧客の表情が驚愕の色に染まる。
そこに居たのは──……人間の服を着た小型の〝竜〟。
人間の形こそ保ってはいるが、角や爪、牙や尻尾、何より全身に生えた鱗のせいで、そうとしか思えない姿になっていた。
「【竜化した、落胤】……!!」
そう、これこそが【竜化した落胤】の真の姿。
世界で唯一、竜に成れる人間。
彼は1度、息吹を完全に止めて【旭日昇天】をギリギリまで引きつけながら口内で更に魔力を練って──。
『GOGYAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!』
先程までとは比較するのも馬鹿らしくなるほど強く、そして大きな息吹を吐き出した。
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