勝負の行方と、〝反動〟
「【神秘術:治癒】、最上級──【亜蘇凱臨産】」
『ゆ、ゆにぴ、あーしにもぉ……できればチューとか……』
放っておけば数分で死に至りそうな彼を助けないという選択肢は流石になかったようで、意外と余裕がありそうなテクトリカを無視し、ユニは神官の技能を用いて回復を試みる。
それは、かの【輪廻する聖女】相当の実力者でもなければ扱うどころか発動さえままならないほどの高難易度を誇る代わりに、〝どれだけ満身創痍でも死んでなければ必ず全快させる〟という破格も破格の効果を秘めた回復魔術であり。
一旦〝繭〟のような形の光に包まれたかと思えば、その数秒後には繭の中から傷一つないリューゲルが姿を現した。
「……ぅ、あ……ユニ、か……?」
「そうだよ」
「悪ぃ、な……治して、もら──」
失った血液の補充、疲労感の解消、【五竜換装】の発動前後における部位の再生と、あらゆる面で全快している筈のリューゲルの口調はたどたどしく、視線も定まらない様子。
数瞬前まで死にかけていたところからの唐突な治癒である事を思えば仕方ないのでかもしれないが、それはさておき。
「──ッ!! ユニ、アイツは……!?」
「大丈夫、サタン=クラウドは死んだよ」
「……!!」
思考にかかっていたモヤが晴れてきたからか、いきなりと言って差し支えないタイミングで絶対強者との戦いに臨んでいた事を思い出して跳び上がるように起き上がりつつ問うてきた彼に、ユニは微笑みとともに彼が欲した答えを返す。
それを受けたリューゲルは辺りを見回したが、どこにも死骸らしきものはなく、あるのは焼け焦げて抉れた地面だけ。
「俺が……俺の【竜星に願いを】で殺ったんだよな……?」
だからこその、彼には似合わぬ不安げな問いかけ。
ユニを相手にあれだけ啖呵を切っておいて、『実は私が斃したんだよね、君が不甲斐ないせいで』などと言われた日には、もう全身の穴という穴から息吹が噴き出しそうなほどの恥辱を覚えてしまう──という女々しい危惧からの質問。
相棒であるフェノミアが聞けば思わず吹き出すか嘲られるか、どちらにせよ笑われそうな問いにユニは無言で首肯し。
「誇っていいよ、リューゲル。 君は魔界のNo.2に討伐勝負で勝ったんだ。 彼女は重傷を負って途中離脱したからね」
「そ、そうか……あんまり勝った気はしねぇが一先ず──」
討伐勝負の勝敗の行方と、アシュタルテの安否が伝えられた事で、ようやく実感が湧いたリューゲルが小さく、されどしっかりガッツポーズをしようとした──……その時。
「──よ"、が……ッ!? ごは……ッ!! あ"ぁあああああああああああああああああああああああああああ……ッ!!」
『うわ、何々?』
焦土に座り込んでいたリューゲルが唐突に夥しい量の血を吐いたかと思えば、バキバキという鈍い音を立てて彼の皮膚が裂けていき、骨は砕け、全身から血が噴き出してきた。
音だけを聞けば、卵や蛹から幼体が孵る時のようにも思えたが、そんなわけがないとテクトリカが覗き込む中にあり。
「レベルアップの反動だよ。 彼は到達しようとしてるんだ」
ユニはただ、現状を冷静に把握しつつ──。
「Lv100。 【黄金竜の世代】の領域まで」
そう告げた後、テクトリカにも聞こえぬように呟いた。
──計画通りだね、と。