私じゃない
本来、【窃盗術:背撃】は相手に斬撃による攻撃を与える技能であるが、サタン=クラウドの身体に切創は一切なく。
『BAAッ!! GU、OOOO……ッ!!』
上空から叩き落とす為だけに使用された漆黒の爪にサタン=クラウドは今、身動ぎ1つできず押さえつけられている。
もちろん、この技能を見た事はあった。
ユニが発動したものと同じ、漆黒の爪を。
しかし、サタン=クラウドが前に見た【窃盗術:背撃】はヒョロヒョロとして頼りなく、いかにも斬れ味が悪そうで。
そもそも届いてさえいないのに、さも『隙を突いたぞ』と言わんばかりの威勢とともに放ってくるものだから、てっきり何かしらの特殊な効果でもあるのかと勘違いしたほどだ。
とはいえ実際には上述の通り届いてさえいない事はもちろん、たとえ当たっていたとしても擦り傷1つ付かないだろう超低次元の攻撃でしかなく、サタン=クラウドは心底呆れ。
その呆れすらも自身の原動力たる怒りに変えて有象無象を消し炭にしてやった事も記憶に新しいが、それはさておき。
「やぁ、サタン=クラウド。 ようやく目線が合ったね」
『ッ、BE、OOO……ッ』
ついに、あの怪物が──ユニが目の前に現れた。
先刻までは高低差があったから怒りが恐怖を上回ってくれていたものの、こうも近いと湧き出る恐怖心を抑え切れず。
加速し続ける怒りなど何処へやら、もはや捕食者を前にした額面通りの羊が如くガタガタ震えるしかなくなっていて。
「はは、そこまで怯えなくてもいいのに。 だって──」
とてもではないが絶対強者とは思えない振る舞いを見せるサタン=クラウドを、まるで心の底から気遣うような笑みで安堵させんとするユニだったが、その要領を得ない行動の真意は彼女が次に発した言葉によって明らかとなる──。
「──君に引導を渡すのは、私じゃないんだから」
『GU、BAA……ッ?』
一瞬、理解できずに呆けてしまうサタン=クラウド。
次の瞬間には殺せるだろうに、『私じゃない』とは?
もしや、そこの死霊がと視線だけを向けたのも束の間。
『え!? もしかして、あーし!? やば、テンアゲ!!』
「静かにしてて」
『……お口ちゃーっく』
そんなしょうもないやりとりにより、それは否定される。
ならば一体──と困惑していたサタン=クラウドに。
「そろそろ君の聴覚にも聞こえてくる筈だよ、あの音が」
『LUU……ッ? OO──』
またも要領を得ない発言で混乱を加速させた、その瞬間。
『……?』
ユニの言う通り、何らかの音を捉えたサタン=クラウド。
音の出処は──……上空。
金属同士を擦り合わせ続けているような甲高い音。
それが段々と近づき、そして大きくなっている。
おそらく、いや間違いなく落下してきているのだろう。
『……BO、AAA……』
……上空と言えば、さっき何かを吹き飛ばした気が──。
──……と、思い当たったその瞬間。
『……ッ!! BAOOO!! GOOLUAAAAッ!!』
サタン=クラウドが、拘束を解かんと踠き始める。
ここに留まっているのはマズいと言わんばかりに。
そして、その判断は正しかった。
「流石Lv100、察しが良くて助かるよ。 この音は──』
「──天空から君を射抜く、〝流星〟が落ちてくる音さ」
相手が、人間の領域を踏み外した怪物でさえなければ。