地に墜つ雷雲
尤も、そうやって吼えたところで事態は好転する事なく。
『GIッ、OOO……!! BA"OAAA……ッ!!』
みるみる内に高度が落ちていくサタン=クラウド。
もちろん、その間にも漆黒の雷撃だけでなく必死の形相での咆哮に乗せた息吹による重力操作にてブラックホールの重力を相殺しようともしていたが、その全てが無駄に終わる。
何を放っても、その漆黒に呑み込まれてしまったからだ。
いよいよ以て、サタン=クラウドを深い後悔の念が襲う。
あの時点で──あの訳の解らない力を振るう悪魔と、成り損ないの半人半竜を返り討ちにした時点で、その圧倒的な速度を利用して遥か遠方へと逃げてしまえばよかった、と。
だが、悔いたところで何も変わらないのもまた事実。
唯一、希望と呼べるものがあるとしたら──。
あの天体が顕現していられる時間が短いかもしれない。
……という、あんまりにもあんまりな希望的観測。
自身が誇る雷撃や息吹に限界がある以上、たとえあの怪物と己の間に埋め難い差があっても、あれほどの力を持つ天体をいつまでも顕現させていられるとは思えないという推論。
もう、そんな淡い希望に縋るしかない局面まで来ていた。
ゆえに、ここからは持久戦の様相を呈さねばならない。
いつか制限時間に達し、あの天体が消滅するその刻まで。
★☆★☆★
翻って、ユニはと言えば──。
(……意外と粘るな、もっと早く呑み込めると思ってたのに)
ブラックホールを顕現させておきながら、余裕綽々。
(もうちょっと強くすれば落ちそうだけど……そうすると、ここら一帯が無に帰しちゃうし……んー、どうしようかな──)
何なら今より重力や規模そのものを強化する余地まで残している始末、万が一にも負け筋はないと確信していたが。
『……ねぇ、ゆにぴ。 このままじゃヤバいかも』
「え? 何が?」
不意に不安げな声を投げかけてくるテクトリカ。
ヤバい、と言われても現状ユニ側に不安要素は一切なく。
先述した通り今より強める事はできないというだけで、このまま続ければ勝てるというのにと首をかしげたところ。
『こんなにワンパだとバズんない! もっと派手にやって!』
「……知らないよそんなの」
『お願いゆにぴ! ねーねー! おーねーがーいー!!』
「……」
返ってきたのは、『代わり映えしなさ過ぎて面白くないから何とかして』という、心底どうでもいいお願いであり。
何故テクトリカの気分に戦況を左右されなければならないのかと正論をぶつけるユニに、それでも諦め切れず駄々っ子のように抱きついてまでお願いを通そうとするテクトリカ。
……力で黙らせてやった方が早いのは解っているし。
実際、そうした事もある。
だが今は、【星々を繋ぐ女神】の力の制御に意識を割かねばならぬ上、テクトリカに対して神の力を振るえば消える。
別にそれでもいいと言えばいいものの、こんな面倒極まる死霊でも役に立つ事がなくもない以上、消してしまうより。
「……解った。 解ったから、ちょっと落ち着いて」
『やりぃ! カメラ、スタンバイOK!』
「……はぁ」
多少の我儘は我慢してやった方が良い、と判断したがゆえの承諾の返事を待っていたとばかりにプマホを構える死霊。
その変わり身に若干イラッとしたが、それはさておき。
ユニは片手を空に、より正確に言えばブラックホールの中心へ翳すように伸ばし、何かを掴むような動作をした瞬間。
ふっ──と、一瞬でブラックホールが消失した。
まるで最初から、そこに何もなかったかのように。
『ッ!! BAAA……ッ、OOOOOOOOッ!!』
それを好機と捉えてしまったサタン=クラウドが。
やった、耐え切った、ようやく手番が回ってきた──と。
蓄えておいた雷撃の全てを解放せんとしたのも束の間。
「残念だけど、君に手番は回さない。 ずっと私の手番だよ」
『OO、O……──BA、LUA……ッ!?』
ユニが発した言葉を最初こそ理解できなかったが、その直後サタン=クラウドの視界に大きな大きな〝影〟が落ち。
今度は何だ、と顔をそちらへ向けた瞬間。
サタン=クラウドの広い視野が捉えたのは──。
【可逆圧縮絨】により縮んだとはいえ、巨躯には変わりないサタン=クラウドが見上げなければ視認できないほどの。
あまりにも、あまりにも巨大な〝手〟──いや、〝爪〟。
「【窃盗術:背撃】。 見た事くらいはあるんじゃない?」
『LU……ッ、GOO──』
対象の影を利用して発動される漆黒の爪は、サタン=クラウドの巨躯が仇となってか前例がないほどに大きく鋭く。
『──GIッ!? BEEEEEEEEEEE……ッ!?』
馬鹿げた力で、サタン=クラウドを地上へ叩き落とした。
「これはどう? テクトリカ」
『最&高! さすゆに!』