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竜化病

 1度は崩壊しかけた【陸神封リゥシェンフーの陣】だったが、マリアの助力のお陰でどうにか維持できていたその一方、修練場の上空では。


「コォオオオオオオオオ……ッ!!」


 ヒビが入りつつも何とか【旭日昇天アリアケ】を抑え込めている結界の天井よりも更に上、雲まで届くとはいかずとも結構な高度で滞空したまま、リューゲルが魔力を溜めていた。


 威力や規模こそ劣れど、その輝きは【旭日昇天アリアケ】のそれにも劣らない、そんな神秘的かつ破壊的な魔力はリューゲルの口、もとい喉の奥辺りに充填されていっているようなのだが。


 それはそれとして、そもそも彼はどうやって滞空しているのか。


 何らかの技能スキルを使って?


 竜化生物の背に乗って?


 誰かしらの協力を得て?


 ……否、断じて否である。


 彼は、己の力で滞空している。


 技能スキルでも魔術でもない、持って生まれた己の力だけで。 


 肩甲骨の辺りから服を突き破って現れた、()()()()()で。


 彼は──……()()()()()()()()()


(まだだ……ッ!! まだ、足りねぇ……ッ!! 本能で解る、アレは人間から放出していい力の領域を遥かに超えてやがるからな……!!)


 そんなリューゲルは現時点で、Lv100の迷宮を護る者(メイズガーダー)でさえ一撃で葬りかねないほどの充分すぎる魔力を溜められてはいたのだが、それでも全く足りないと確信していた彼は更に魔力を溜める。


 ──護れ。


 そう叫んだトリスの真意を誰より早く察していた彼は、それと同時に誰より先にユニが──もとい、ユニの肉体を借りた何かがやろうとしている事と、その規模を瞬間的に把握しており。


 ──全滅してェのか!?


 魔力を込めた覇気とともに叫んだスタッドの真意をも上空にて悟っていた彼は、この熱を放置しておけば間違いなく協会や町どころか国そのものが危機に陥る事も本能で察知していた。


 ……そんなスタッドは今この瞬間も【陸神封リゥシェンフーの陣】の内側に取り残されたまま、おそらく太陽が如き光に灼かれている筈なのだが──……まぁ、それはさておき。

 

(ッたく……! マジもんの観光気分で来てやっただけだってのに、何でこんな面倒ごとに巻き込まれちまってんだろうな……!)


 彼とフェノミアは、ただただ本当の意味での巡遊ついでに招待を受けた鏡試合ミラーマッチを観覧しに来ただけだというのに、 まさか普段の戦闘よりも圧倒的に緊張感のある役割を担わなければならなくなるとは思ってもいなかった。


 何しろ彼の役割は、フェノミアが──今はマリアも加勢しているようだが──上空へと逃した衝撃を、決して町やその外へ拡散しないように相殺する事。


 もし、相手が竜化生物で。


 彼らが持つ唯一の〝魔力を用いた攻撃手段〟、【息吹ブレス】を相殺する程度ならリューゲルにとっては容易であるものの。


 今、ユニの肉体を借りているのは正真正銘の〝神〟。


(……まさか、そんなモンまで飼い慣らしてるたぁ思わなかったぜ。 何だって虹の橋(アイツら)は、あんな化け物揃いなんだ……?)


 その事実を充填途中に、この遠距離からフェノミアと安倍晴明の会話で知った彼は、もはやユニやトリスのみならずハヤテやクロマまで含めた4人全員を人外視してしまいかねない勢いだ。


 まぁ実際、4人が4人とも普通の人間ではあり得ない何らかの要素を持っているのだから、別に間違いでも何でもないのだが。


 とはいえ、あの4人を人外とするのなら──。


(……ま、人間離れしてんのは俺も同じだがよ)


 そう、リューゲルもまた人外だという事になってしまう。


 何せ、技能スキルという不思議な力があったり天界や冥界な どといった命ある人間では辿り着けない場所の存在を全ての人々が信じているような世界においても、こんな風に背から一対の竜の如き翼が生えた人間など、()()()()()()()()()()()()


 そうそう居るものではない、という事は。


 世界中を探せば居るかもしれない、という事でもある。


 ──……〝竜化病〟。


 それは、この世界を生きる全ての生物が発症し得る病。


 その名の通り、()()してしまう()


 望もうが望むまいが、竜の特徴を得てしまう病。


 そもそも竜化生物とは、この病を発症した()()()()()()()の事を指す。


 角、牙、爪、鱗、翼、尻尾──などなどが生えて、食性も肉食が追加されるだけでなく、とことんまでに気性も荒くなる。


 では何故、人間はそうならないのか?


 それは、人間以外の全ての生物が産まれながらにして竜化病に適応する為の抗体を持っているからである。


 発症そのものを防ぐ事はできないが、それでも死に至るような事は決してなく、むしろ新たな種として存在を確立してしまうのだ。 


 では、人間の場合ではどうなのか?


 この世界の人間は残念ながら他の生物とは違い抗体など持っておらず、竜化病を発症した最後、()()()()()が竜のそれに相当する部位へと変異してしまうだけでは飽き足らず。


 変異した部位に身体全ての栄養が吸われてしまい、多少なり個人差こそあるものの、およそ1ヶ月で干からびるように死ぬ。


 腕が変異していたなら腕だけが、脚が変異していたなら脚だけが竜の部位として成長しきった奇妙な死体を残して。


 現在、確立されている治療法は──2つ。


 竜化した部位を手術で無理やり切り離す〝切除〟と。


 竜化した部位を調べ、どの種であるかを判明させた後、その種の竜化生物を討伐もしくは捕獲し、その部位を粉末になるまで細かくした薬を飲ませる事で治す〝投薬〟の2種類である。 


 尤も進行具合によっては、どちらの治療法を選んでも間に合わない場合も往々にしてあるのだが──それはさておき。


 ……結論から言おう。


 リューゲルは、竜化病の罹患者である。


 しかも、ここ最近に発症したというわけでもなく。


 ()()()()()()()()から、すでに発症していたのだ。


 ……おや? と思うのも無理はない。


 何しろ、リューゲルは生きているのだから。


 生後1ヶ月どころか、27歳になった今でも。


 それには、リューゲル自身の凄惨な過去が関係していた。


           ☆★☆★☆


 彼の生家は、ウィンドラッヘのとある貴族。


 リューゲルは、そこの当主の妻を母として産まれる筈だった。


 しかし、リューゲルの母が臨月を迎える直前。


 彼女は不運にも、竜化病を患ってしまう。


 そして竜化した部位は、よりにもよって──〝子宮〟。


 まだ胎児だったリューゲルごと、竜化してしまったのだ。


 それを知った当主は、あろう事か激怒した。


 貴族の妻ともあろう者が、跡継ぎ1つ残せんとは──と。


 妻が当主より下位の貴族だったというのもあるだろうが。


 その直後、当主は新たに別の貴族との婚姻を結び、それまで曲がりなりにも妻として扱っていた筈の女性を、同じ屋敷に住んでいながらにして存在しない者として冷遇した。


 それから数週間後、碌な治療も受けられず満身創痍の死に体でありながらも『この子だけは』という母としての強い想いで、どうにか出産の日まで正気を保ち続けていた。


 しかしながら、医師や助産師たちの表情は暗い。


 何しろ、これまでの人類史において竜化した妊婦から産まれてきた赤子が死産でなかった試しなど、ただの1度もなかったからだ。


 当然、母もそれを知っていた筈。


 だが、それでも彼女は諦められなかった。


 自分は、もう助からないだろう。


 正妻でも何でもないと夫からも見捨てられ、後から来た新たな妻にも見下され、治療を受ける機会すら与えられなかった自分は。


 ……何も、変えられなかった自分は。


 けれど、この子は何も悪くない。


 だから、せめて──という母の切なる願いが届いたのか。


 何と、産まれてきた赤子が産声を上げた。


 この場に居合わせていなかった医師たちは、これを奇跡と呼んだが。


 この場に居合わせた医師や助産師たちは、これを怪奇現象と呼んだ。


 何しろ、産まれてきた赤子は──……完全に半人半竜。


 ところどころに鱗が浮かび、肩甲骨の辺りや尾骶骨の辺りからは小さな小さな翼や尻尾まで生えている始末。


 なのに、全く苦しんでいる様子はない。


 この姿こそが己だと、そう言わんばかりに。


 こんな事があるのかと、まるで化け物ではないかと、声にこそ出さずとも医師や助産師たちが恐怖や困惑に彩られる中。


 それでも母は、か細い産声を上げる赤子を慈しむように撫で。


『リュー、ゲル……貴方は、せめて……自由に、生き、て……』


 そう言い遺してから、この世を去った。


 そして、()妻が遺した半人半竜の赤子を見た当主は。


『──化け物が』


 そう吐き捨てて、領地の端に位置する森へ母の遺体とともに遺棄した。


 竜化生物も数多く蔓延る、その薄暗く危険な森へと──。


 そこからも波瀾万丈な日々が続くのだが、それはまた追々。


 長々と語りはしたものの、結局のところ言いたい事は1つ。


 彼には、人間以外の生物が当たり前に持って産まれる抗体が備わっていたという事。


 だから彼は、ここまで死なずに生きてこられた。


 栄養を奪われるどころか、こうして各部位を竜化させて飛行する事も、戦闘する事も可能なくらい完璧に制御して。


 ……では、そろそろ舞台を戻すとしよう。

  

           ☆★☆★☆


「ッ、ごめんなさいリューゲル……!! もう、保たな──」


 マリアの助力があってもなお限界を迎えてしまった──とはいえ2分近く保たせた時点で流石はSランクだと言わざるを得ないのだが──フェノミアと安倍晴明ハルアキラの結界の上方、麒麟の楔が解除され。


 リューゲルが滞空する上空を目指し、まさしく光線のような超高温の熱の塊が立ち昇る。


 雲を貫き、空を割り、大気圏すらも突破した後は、おそらく国中に降り注ぐ事となるだろうその破壊的な光線を見て。


(馬鹿言え……充分だ、フェノミア。 あとは全部、任せとけ)


 リューゲルは、フェノミアを心から労うとともに。


 喉の奥──〝息吹袋ブレスタンク〟と呼ばれる竜化生物にのみ存在する特殊な臓器に溜めに溜めた魔力を喉から口へと運び。


「グルッ、グルルルッ──」


 決して暴発しないように、何度も何度も咀嚼して形を整えてから。


「──ッ!! グギャアァアアアアアアアアッ!!!」


 規模だけなら神の力にも劣らぬ放射状の光線を解き放った。


 技能スキルなしでこんな芸当が可能なのは、この広い世界で彼1人。


 人類史上でさえ唯一、竜化病への抗体を持って産まれるという途轍もない幸運と、産まれた瞬間に母を失い父に捨てられるという途轍もない不運を味わい、酸いも甘いも噛み砕いてきたその半人半竜の狩人ハンターを──。











        ──【竜化した落胤(ドラゴンフォールン)】──


     ──〝リューゲル=バハルティア〟──


 人々は、そう呼び──……幾人から、憐憫の念を示したという。

『よかった!』、『続きが気になる!』と少しでも思っていただけたら、ぜひぜひ評価をよろしくお願いします!


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