雷撃にも等しい速度で
あまりに一瞬の事で理解が追いついていなかったが。
つまりサタン=クラウドは、アシュタルテやリューゲルの反応速度をも超えた、その巨躯には似つかわしくない、それこそ漆黒の雷撃にも等しい速度で接近してきたという事。
おそらくは、その雷撃を利用して全身の筋肉に刺激を与えて活性化を促す事で超高速の突進を可能としたのだろうが。
真に彼女が解っていればいい事は、ただ1つ。
何もできなければ、このまま消し飛ばされるという事。
『……ッ!! 【悪魔の……装甲】!!』
それが解っていたからこその、防御手段の行使。
防護盾や特火点、防衛陣ともまた違うその力は、アシュタルテの周囲を結界で覆うのではなく【増強術:守勢】と同じようにアシュタルテの身体そのものの耐久力を上昇させる。
結界では間に合わないと判断したがゆえの防御手段であった事は言うまでもないし、それは間違いではなかった筈。
……この状況でさえなければ、きっと──。
『ちょ、は……ッ!?』
流石に【人型移動要塞】とまではいかないものの、そこらの迷宮を護る者より遥かに強固なDEFとMNDを獲得している筈のアシュタルテが今、空中で押し負けている。
推進力こそ素の飛行能力に依存していても、リューゲルで言う遊撃竜と同等の速度と質量は維持しているのにだ。
しかし、そんな彼女の疑問への答えは至って単純。
(速いし、重いし……!! 何なのよ、この暴力は……!!)
──力負け。
その一言に尽きる。
ただ単に速度も質量も、全てにおいて劣っているだけ。
これこそが、【可逆圧縮絨】の真価。
その〝漆黒〟は、かの突然変異種の一種を思わせた。
そして、ついに偏り切っていた均衡が完全に崩壊し。
『〜〜ッ!? きゃあぁああああああああ……!!』
『アシュタルテ!? クソ、勝負どころじゃ──』
僅かにでも力の方向を変え、どこかも解らない地まで吹き飛ばされる事だけは避けたものの、それが災いして地面という地面を抉りながら叩きつけられる事となった悪魔大公。
いくら競合相手といえど、仮にも同じ討伐対象に挑んでいる味方が安否不明の吹き飛ばされ方をしたのを見たリューゲルは、戦うにしろ助けるにしろ一先ず勝負うんぬんを置いておかない事には始まらない、と気持ちを切り替えんとした。
その瞬間。
『──うおッ!? あ、危ね……!!』
アシュタルテを吹き飛ばしたばかりな筈のサタン=クラウドが1秒と経たぬ内に旋回、『次はお前だ』と言わんばかりに襲撃したが、リューゲルは瞬時に連撃竜の速度で躱す。
(どうなってんだコイツは……!! あン時の奴と全然──)
彼が【可逆圧縮絨】を促したのは、以前に迷宮を護る者かつLv90台の雲羊竜を討伐した際、逆角個体と化してからも【可逆圧縮絨】を発動してからも苦戦せず、それでいて莫大なEXPを得る事ができたという成功体験をした為であり。
それなら今回も大丈夫だろうと踏んだ為だったが。
これに関しては明確にリューゲルの失態と言えるだろう。
仮にリューゲルが討伐した個体のLvが99だったとしても、おそらく彼は然程も苦戦せずに討伐してしまえた筈。
99と100の間にある差は、決して〝1〟ではない。
そんな事は解っていた筈なのに、逸ってしまったのだ。
アシュタルテという、思わぬ強者との討伐勝負に──。
その一方、戦場に新たな変化が発生した。
『──な……!? 何だよ、また姿が……!?』
彼の目の前で今、サタン=クラウドは【可逆圧縮絨】による縮小ともまた違う変異を遂げ始め、リューゲルを驚かす。
まだギリギリ生物らしさが残っていた一対の大翼が、まるで連撃竜のそれを思わせる流線型に変わるとともに横へ横へと広がっていき、そもそも規格外だった翼長が倍以上に増大した挙句、大砲のように変異した雷雲が3門ずつ現れたかと思えば、そこから極大の雷撃を後方へ噴射させる──という、リューゲルからすれば理解不能な変異を遂げたのだ。
先ほどまでの状態でさえ手に負えなかったのに、と。
彼が唖然とする中、ユニはくすくすと笑って独り言つ。
「はは、凄いね。 あれじゃあ、まるで──」
「──〝戦闘機〟のようじゃないか」