奇しくも手本になる悪魔
『どっちが殺っても恨みっこなしだぜ、悪魔!!』
『私の名前はアシュタルテよ、半人半竜』
『はッ、だったら俺はリューゲルだ! よく覚えとけ!』
先んじて飛び出したのは、リューゲル。
三者の実力が拮抗していると知っているからこそ、アシュタルテより、雲羊竜より早く動き出す事を選択したのだ。
しかし、そんな彼が選択した一手は──。
『また空中戦を? 馬鹿の一つ覚えも甚だしいわね』
アシュタルテの言葉通りの〝空中戦〟。
飛んだところで、どうせ重力で叩き落とされる。
という事を理解していないわけがないリューゲルが。何故それを選択したのか解らぬアシュタルテが呆れる中にあり。
「いいや、そうでもなさそうだよ」
『……何ですって?』
ユニはすでに、見抜いていたようだ。
リューゲルが、わざわざ文字通りに飛び出した理由を。
『GLOO!! BALOOOOOOOOッ!!』
『そりゃそう来るよなァ!! だが……!!』
翻って、雲羊竜──もとい、サタン=クラウドもまた真下から飛び上がってくる半人半竜の真意が掴めないでいたものの、それを放置してまで思索を巡らせる意味はないと瞬時に断じ、リューゲルの読み通り今度は〝量〟で攻めてきた。
あの悪魔との実力差を感じぬ以上、先の奇妙な一撃と似たような手を打たれる前に数で潰す、その判断は正しかった。
皮肉にも、相手がリューゲルでさえなければ。
瞬間、リューゲルは直上に居座る雷雲目掛けての飛行を続けたまま右手の鋭い爪で左腕に生えた鱗を無理やり剥がし。
『そんなら俺は……こうするまでだ!!』
『は!? 嘘でしょ、アレって……!』
「あぁ、そういう事だろうね」
剥がした数多の鱗を、自身の周囲にばら撒いた。
正しく、アシュタルテの【悪魔の欺瞞紙】と同じように。
直後、彼によってばら撒かれた鱗はアシュタルテが『まさか』と推測したものとは僅かに異なる、そしてユニが『やはり』と看破したものと全く同じ、ある現象を引き起こす。
『LLOッ!?』
──……雷撃が、吸われた。
もう少し正確に言えば、リューゲル目掛けて落ちて来ていた筈の無数の雷撃が、リューゲルがばら撒いた鱗1つ1つに矛先を変え、リューゲルの身代わりに消し炭となったのだ。
『は……ッ、はははは!! 上手くいったなァおい! どっかの誰かが手本になってくれたとはいえ、ぶっつけ本番だったってのによ! 【竜の虚構鱗】とでも名付けてやるか!!』
『一目見ただけで私の力を模倣したっていうの……!?』
それはまさしく、アシュタルテの【悪魔の欺瞞紙】を模倣し、そして彼なりのアレンジを加えた技能とも魔術とも異なる、この広い世界で彼にしかできない芸当を予行演習なしで実行してみせたという事に他ならない。
性質としては、【盾操術:挑発】に近いのだろう。
もちろんユニだって技能や魔術、迷宮宝具などを使えば似たような事はできるだろうが、重要なのはそこではない。
リューゲルという半人半竜の真価、それは──。
人間はおろか竜化生物をも凌駕した、〝適応能力〟。
通常、竜化生物の多くは元となった生物の生息地から大きく寝ぐらを変えるような事はなく、陸ならば陸で、海ならば海で、空ならば空で一生を過ごす個体の方が多い一方で。
リューゲルの場合、陸海空はもちろん赤熱した溶岩の中や光も届かぬ深海、果ては大気圏の外にある宇宙空間といった生物が棲む事のできない環境でも素の状態で適応できる。
……そんな事は、ユニにもできない。
こちらについても無数の手札から的確な手段を選べばユニにだって可能だが、やはりそういう問題ではないのだろう。
ここで重要となるのは、【最強の最弱職】でさえ手段を尽くさなければ成し得ない事を平然と成せてしまう者たちをこそ。
「それを可能とするのがSランクだよ、アシュタルテ」
『……うかうかしてられないってわけね、上等よ』
その称号を授かるに相応しいのだと、更に上のランクを授かっているユニから告げられた事で妙に納得するとともに。
気を抜けば出し抜かれる、という事をも理解した。