早い者勝ち、討伐勝負
……別に、彼女の上司に相当する悪魔の名をそのまま使われたわけではないし、そもそも掠りもしていないのだが。
それはそれとして、この程度の存在を〝魔界の支配者〟と同一視されるのは、アシュタルテとしても面白くはない。
フュリエルほど忠誠心に篤いわけでもなければ。
テクトリカほど敬意の〝け〟の字もないわけでもない。
しかし、アシュタルテにも悪魔としての誇りはある。
侮られるというのは、悪魔にとって最も屈辱的な事。
少し強くて大きなだけの羊に魔界の支配者を思わせるような通り名が付けられるなど、侮辱以外の何物でもないのだ。
『……アレは、私が斃すわ。 いいわよね? 半人半竜』
『はァ!? ふざけんな、アイツは俺の獲物だ!!』
それゆえに、〝単独討伐〟を申し出たアシュタルテだったが、やはりと言うべきか納得がいかない様子のリューゲル。
当然と言えば当然だろう、何としても自分の手で討伐せねばならぬ理由がある彼を差し置いて、ポッと出の悪魔に討伐の機会を譲ってやる理由など、万に一つもないのだから。
『まぁ、そう言うと思ってたわ。 だから──』
もちろん、そう来る事は読めていたアシュタルテ。
そんな彼女が口にしたのは──。
『──私と貴方で勝負をしましょう? どちらが早く……』
『……アイツを殺すか、だな? いいぜ、ノッてやるよ』
早い者勝ちの討伐勝負をしようという提案であり、リューゲルもまた彼女がそう言い出す事を先読みし、了承した。
──【竜化した落胤】、リューゲル=バハルティア。
──【悪魔大公】、アシュタルテ。
──雲羊竜・逆角個体、サタン=クラウド。
実を言うと、三者の実力は殆ど拮抗している。
先ほどの攻防こそアシュタルテの兵器に対して雲羊竜は驚きを露わにして無様にも被弾してしまっていたが、それはあくまでも〝初見殺し〟だった為であり、そうでなければ怒りのままに真っ向から相殺できていた事は想像に難くない。
それは、リューゲルについても同様である。
存在の〝格〟と攻防における手数ではアシュタルテが。
生物としての強度と環境への適応能力ではリューゲルが。
そして、制圧力と持久力では雲羊竜が突出しており。
長所で殴り合う展開となるだろう事は容易に想像できる。
……その為。
「それなら私も──」
『──引っ込んでろ!!』
『──引っ込んでて』
「ええっ」
ユニの参戦が拒絶されるのは必然であった。
『どうせ瞬殺なんだろ!? テメェが戦ったらよ!!』
『私もそう思うわ。 だから、もし仮に──』
何しろユニは職業次第で先に挙げた三者の長所全てを完全に上回る事が可能であり、リューゲルの言う通り瞬殺するだろう事もまた必然である以上、参戦させるわけにはいかず。
アシュタルテも彼に賛同するのは目に見えていたものの。
『──私たちが両方とも敗けたら、好きになさいな』
「……はぁ、解ったよ」
彼我の実力差を把握しているからこそ、〝両者ともに敗北した場合〟に備えておけと、まるで主人が配下に温情をかけるかのような物言いで告げられた事でユニが溜息を吐く中。
『さぁ、そろそろ傷は癒えたか!? こっからは人間と悪魔と竜化生物の変則マッチだ!! せいぜい気張れよクソ羊!!』
『〜〜……ッ!! GOLBALBAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!』
その間、攻撃の手を止めてまで傷を癒していた事がバレたからか、それとも単に痛みによって更に苛立ちが加速してしまったからかは定かでないが、その咆哮は今までにない憤怒を携えた怒号とした国中に響き渡っていたという──。