悪魔の紙片と銀の矢
フュリエルほどではないとはいえ、アシュタルテも大概この世界に蔓延る〝人間〟という種を見下していた筈だが。
どうやら【狂鬼の戦乙女】との邂逅以来、『ユニ以外にも化け物は居る』と認識を改めたらしく、リューゲルを見る瞳にも一抹の〝警戒心〟が宿っているのが見て取れる一方。
『……まぁいいわ。 ねぇユニ、私もやってみていいかしら』
「ん? うん、いいよ」
『は!? 何を勝手に──』
先の有象無象の戦いを観たせいで昂っているのか、それとも彼らの不甲斐なさに呆れているのかは定かでないが、とにかく参戦の意を示したアシュタルテにあっさりと許可を出したユニの軽さに、リューゲルは苦言を呈さんとしたものの。
『!! BAALLLAAAAAAAAッ!!』
『ッ、お構いなしか……!! おい悪魔──』
そんなやりとりを雲羊竜側が気にして攻撃の手を緩めてくれる筈もなく、重力操作との合わせ技によって加速した雷撃がアシュタルテを襲う──そう思ったがゆえの警告未遂に。
アシュタルテはただ、大きく羽を広げる事で応え。
『──【悪魔の欺瞞紙】』
『なッ!?』
『O、AA……ッ!?』
羽ばたいた事により発生した一陣の風に乗せて鈍色の紙片がばら撒かれた瞬間、アシュタルテ目掛けて落ちていた筈の雷撃全てが、その紙片との接触を避けるように逸れていき。
結果、1発として彼女に命中する事なく不発に終わった。
『……前の白色変異種戦で学んだのよ。 いちいち迎撃するより逸らした後にできた隙を突く方が何倍も楽だって事を』
『あの数の雷撃を、1歩も動かず……!?』
どうやら彼女は以前の白色変異種との戦闘時、顕現させた兵器という兵器全てが通用しなかった事を思っていたより根に持っていたらしく、それならばと新たに開発したのが。
相手の遠距離攻撃を強制的に逸らす、【悪魔の欺瞞紙】。
重力操作の効果を持つ息吹の存在も相まって、ある程度は自由に動かす事のできる雷撃が逸らされたという事実。
……それ自体は、何も初めての経験ではない。
戦士の随時発動型技能、【戦闘術:柳風】。
武器の刃先や盾で受け流すように相手の攻撃を弾く技能であり、狩人たちによる迎撃や樹木などに当たる事で威力を削られた雷撃を受け流された事は1度や2度では済まない。
しかし、あの質と量の雷撃を逸らされた事は1度もない。
……何だ、あの悪魔は──と。
『隙、作っちゃってるわよ──【悪魔の銀翼弾】』
そんな思考の海に飛び込みかけた雷雲が作り出してしまった一瞬の隙を見逃すほど、アシュタルテは間抜けではない。
奇しくも今のリューゲル同様、羽を大筒へと変異させた彼女が放ったのは、まるで巨大な種子のような形の砲弾。
その質量と速度を考えれば、あの巨躯とて一溜りもない。
『〜〜ッ!! BAAOOOOOOOOッ!!』
『駄目だ、撃ち落とされるぞ!!』
それを知ってか知らずか我に返った雲羊竜は俄かに蓄電を終え、もはや怒りのままに飛び出たと言っても過言ではない息吹とともに、さも天から降り注ぐ滝のように極大な雷撃を放ち、リューゲルの読み通り砲弾を撃墜せんと試みる。
『えぇ、そうね。 あの図体じゃ迎撃するしかないんでしょうけど、たとえ防御や回避を選択できても結果は同じ──』
だが、ここに至るまでの全てがアシュタルテの掌の上。
雷撃と砲弾が接触した──……まさに、その瞬間。
『──A、OOッ!? GI、LBAAAAA……ッ!?』
『砲弾がバラけて……銀の矢が飛び出した……!?』
先端を中心として傘のように開いた砲弾の内部から、それら1発1発が残虐な破壊の意思を持った1つの生物であるかの如く斬れ味鋭い羽の付いた小さな銀の矢が、それまでそれらを隠していた砲弾以上の速度で雲羊竜目掛けて飛来。
その数、およそ1万。
掌サイズの小さな銀の矢は、外とは比べものにならないほどの嵐が巻き起こっている雷雲の中を障害など何一つないと言わんばかりに突き進み、流石に数百本は雷雲の中で破壊されてしまったようだが、それ以外は全て表皮に突き刺さり。
その小ささからは考えられない痛みが雲羊竜を襲う中。
『ねぇ、半人半竜。 あの雲羊竜に名前はあるのかしら?』
『あ、あぁ……あるぜ。 アイツに付けられた名は──』
アシュタルテは、明らかに場違いな疑問を投げかける。
あの時の迷宮を護る者個体の彩鯉竜同様、大きな被害を出したこの個体にも何かしら通り名が付けられている筈だと。
それをユニではなく自分に問うてきた事への困惑はありつつも、たまたま近くに居たからだろうと結論づけ、答える。
光を呑み込む〝漆黒〟と、羊毛の隙間から覗く〝双角〟。
何より、全てを貫き焼き焦がす〝轟雷〟。
かの魔界の皇帝とは、このような存在なのではないかと。
恐怖はおろか、畏怖すら覚えた者たちはこう名付けた。
──〝雲羊竜〟・〝逆角個体〟──
──〝サタン=クラウド〟──
『……大仰な名だこと』