天と地の弾幕勝負
その咆哮は息吹ではなかったが、この場にユニとリューゲル以外の生き残りが居たとしたら、おそらく恐怖で失神するか鼓膜と三半規管を破壊されて死ぬかの2択を迫られていただろうものの、居ない弱者を気遣う必要があろう筈もなく。
『飛べねぇってンなら仕方ねぇ! 弾幕勝負といこうぜ!!』
大気を震わせる咆哮にも全く怯む様子を見せないリューゲルは、勢いそのままに連撃竜から射撃竜へ変異を遂げる。
翼すら発射口に変異させるほど息吹に特化した形態である関係上、射撃竜は他と違って一切の飛行能力を持たず。
その為、半人半竜の肉体における最大の優位点であるとも言える〝一方的な制空権の確保〟は、この姿だと行えない。
しかし、その欠点を補ってなお余りある量と質を両立した息吹の弾幕は息吹特化の突然変異種、白色変異種にも迫り。
『LEE……ッ!? BOOOAAAAAAAAッ!!』
『ははッ! どうしたどうした、届いてねぇぞォ!?』
それを思えば今、リューゲルが弾幕勝負で圧倒的な優位に立っている事も、あながちおかしくないのかもしれない。
物量は同程度でも、攻撃の質は遥かにリューゲルが上回っており、ともすれば討伐の刻も近いのではと思えそうだが。
(息吹と単なる雷撃じゃ、そもそも比較になってない。 このままなら援護の必要はなさそうだけど……そうもいかないか)
尤もユニの推察通り、雲羊竜が雷撃だけで応戦している限りはリューゲルが質でも量でも上回って当然なのだが、そんな都合の良い状況がいつまでも続いてくれる筈はなく。
『BAA! EAA! LLLLOOOOOOOOッ!!』
『ぐッ!? 何だ、さっきより……!!』
やはりというべきか、『種として備わっている機能だけでは斃せない』と断じた雲羊竜が〝加重〟と〝重力操作〟の効果を持つ息吹を吐いてきたが、どうにも何かがおかしい。
明らかに、先ほどよりも重力が強くなっているのだ。
生まれつき魔力に対する耐性が人間の数十倍以上もあるとされる竜の鱗を以てしても、リューゲルの足首から下が地面にめり込み、全身という全身が潰されそうなほどに。
息吹の放出こそ中断してはおらずとも、その質や量は格段に下落し、そんな彼の息吹とは対照的に雲羊竜の雷撃は重力の影響を利用して加速、更なる威力の向上を叶えていた。
そんな超重力が生きとし生ける者を襲う環境にあって。
(対象が減れば減るだけ強さが増すのか……そうなると、数人くらいは囮として使う為に助けた方が良かった……のかな?)
どういう絡繰か平然としていたユニは、すでに〝効果範囲内に存在する生物、物質の数によって強弱が変化する〟という息吹の性質の詳細までもを看破した上で、もう1人も残っていない有象無象の死を若干とはいえ悔いるように、或いはもったいないというように考えていたかと思えば──。
「──どう思う?」
『は!? 何がだよ!!』
「あぁごめん、君に聞いたんじゃないんだ」
『てめ、ふざけ──うおぉ!?』
この状況で唐突に、しかも何の事だか全く解らぬ短い疑問を投げかけられたと思ったリューゲルは振り向きもせず大声で問い返したのだが、どうやらそれは勘違いだったらしく。
君には関係ないからとでも言われた気がした彼は相手が相手とはいえ流石に苛立ち、いよいよ顔をユニの方へ向けて苦言を呈そうとしたものの、そうなると雷撃に対処し切れず。
結局、何が何だか解らないまま戦闘に集中せざるを得なくなる中、ユニはくるりと後ろを振り返って再び問いかける。
「で、改めて──どう思う? 悪魔大公サマ」
『……やめて、その呼び方』
(ッ!! アイツ、鏡試合の時の……!!)
そう、ユニが問いかけた相手は悪魔大公アシュタルテ。
かつての鏡試合にて、手こそ出さなかったが一瞬の顕現だけで強者たちを警戒させたほどの強さを持つ魔界のNo.2。
『どう思うも何も……別に助けてやる義理なんてなかったじゃない。 それが解ってたから動かなかったんじゃないの?』
「まぁ、それはそうなんだけどね」
『何か思うところでも?』
そんな人智を超えた力を持つ彼女からすれば、ユニ以外の人間の生死など心底どうでもよく、おまけにユニ自身にも救う意思など見て取れなかった事を思うと当然の帰結だった筈だと正論をぶつけるも、ユニの表情はあまり明るくない。
珍しく、何か失敗でもしたのかと案じたのも束の間。
「いやぁ、どうせ殺されるくらいなら私が殺してEXPにしてあげた方が有意義だったかもなって。 ね、リューゲル」
『今する事か!? ンな猟奇的な話!!』
「酷い言い草だな、援護してあげないよ?」
『ガキかテメェは! 真面目にやれぇ!!』
返ってきたのは戦闘中のリューゲルも思わず反応してしまうほど人間味のない、まるで何かしらの意思により動かされているかのような機械的かつ猟奇的な〝IF〟の話であり。
今も雷撃と息吹は2人を苛み続けているというのに、とても戦闘中とは思えぬ漫才を繰り広げる余裕を見せていた。
(……思ったより正常ね、怪物にしてはだけど)