【輪廻する聖女】
その光線は確実にフェノミアの心臓があった場所を貫き。
豊満な胸にポッカリと穴を開けるだけでは飽き足らず、ついでのように超高温の熱によって全身が融解して即死した。
──……筈だった。
しかし、あの荘厳なる女声が死にゆく彼女に届いた瞬間。
「──……ッ? あ、れ? 私……」
暗転しかけていたフェノミアの視界は元に戻り──戻ったところで絶望的な状況である事に変わりはないが──死に直結するほどの傷を負っていた筈の心臓、延いては穴を開けられた左胸や服からも一切の傷が消えている事で、フェノミアは瞬時に悟る。
誰かが自分を技能で治し、死を回避させてくれたのだ──と。
そして、あれほどの重傷を負った生物を一瞬で治癒できる人間など、この場には──〝彼女〟しか居ない。
しゃらん、と首から下げた金色のタリスマンを鳴らしながら歩み寄ってきた──この神官しか。
「ご無事で何よりです、フェノミアさん」
「え? えぇ……今のは、貴女が?」
『せや、その娘のお陰やで』
全てを見通すような碧眼でフェノミアを見つめる白の羽衣の神官に対し、フェノミアが投げかけた『貴女が助けてくれたのね?』という問いについては安倍晴明が代わりに答えた。
蘇生してもらい、そして傷を治してもらったのだから、もう少し感謝の意を示しても良さそうなものだが、どうにもフェノミアの顔は浮かないまま。
……それも無理はないだろう。
何しろ彼女は、もう過去に1度──。
「私、2度目だったのに……これが、貴女の本領なのね?」
そう、すでに1度──……蘇生された事があったからだ。
神官の随時発動型技能の1つ、【神秘術:蘇生】。
文字通り、死した生物を蘇らせる唯一無二の支援系技能。
元より使用者のMPの半分の消費は確定とし、それに加えて蘇らせる生物のLvや適性、種としての希少性などによって消費するMPは更に加速するらしく、お世辞にも燃費が良いとは言えない。
しかしながら、神に祈る事もせず同じ人間の技能1つで2度目の生を得られるのだから多少のMP消費など気に留める意義はないだろう。
……ただ、勘違いしてはいけない。
この世界、ドラグリアを生きる者たちが罪なき者の魂が死後に召される事となる世界──〝天界〟を統べる神から許されているのは、1度の生涯に1度きりの【神秘術:蘇生】。
2度目の生はあっても、3度目は決して許されていない。
そう何度も何度も蘇られてしまっては、ドラグリアが生者で飽和し、天界や冥界との間で気が遠くなるほど長く続いている生命の円環が途絶えてしまうからだと天界の神が告げたらしい。
それは本当に神からの託宣だったのか、そもそも誰が託宣を受けたのかも今となっては解らず仕舞いだが、実際この世界で3度目以降の生を歩んでいる生物は殆ど居ない。
……そう、殆ど。
逆説的に言えば、居なくはないという事。
フェノミアも、その1人となったという事。
白の羽衣の神官が最後の希望に名を連ねているのは、ただ単に〝回復力〟というその一点にのみおいて10人のSランク狩人全員を上回っているから、という理由だけではない。
それだけでも凄まじいのは間違いないが──……1年前。
Aランクに昇級したばかりの彼女が、すぐさま協会からの要請で最後の希望の1人となってほしいと懇願された最大の理由は、それとは別に2つあった。
1つ目は、人間の身でありながら技能もなしに天界への干渉が可能であるという点。
基本的に狩人が、というか人間が天界自体や天界からの使者とも呼ぶべき存在──〝天使〟との接触を図る為には、とある2つの技能の内、どちらか片方を使用しなければならない。
敬虔なる祈りを聖なる光の十字架に変え、ATKでもINTでもなくMNDの数値で攻撃する聖騎士の技能、【護聖術:白架】の覚醒型技能──聖なる光を鍵として、天界への扉を開く【護聖術:天門】と。
本来は、あらかじめ契約していた天使、或いは〝悪魔〟を喚び出す為のものだが、それとは別に短時間ではあるものの天界、或いは悪魔や悪魔に魂を売り渡した者たちの魂が蔓延る世界、〝魔界〟に干渉できる召喚士の技能、【召命術:天魔】。
それらを扱えない筈の職業、神官に就いていながらにして普通の人間では決して辿り着けない天上の領域に、精神体のみとはいえ干渉できる彼女の存在は、あまりに貴重だったのだ。
技能なしで冥界へ干渉できるフェノミアと同じように。
そして2つ目の理由は1つ目と連動した、天界を統べる神から直接2度目の【神秘術:蘇生】を許された唯一の人間であるという点。
その敬虔さゆえか、それとも単なる神の気まぐれかは誰にも解らない。
しかし、彼女が他の生物を最大2回蘇生できるのは紛れもない事実。
……そう、他の生物を蘇生させる場合は。
何と彼女は自分自身を蘇生させる場合のみ、回数の制限なくMPが続く限り蘇り続ける事ができるのだ。
いくら回復力でSランク狩人たちを凌駕しているとはいえ、それ以外の全てで圧倒的に劣っている以上、基本的に竜化生物の攻撃を回避する事はできず、パーティーメンバー全員が揃わぬ状態で迷宮に挑んだ時などは、ふとした瞬間に死んでしまう事もしばしばあるという。
だが彼女は、完全に命を落とした死体となった状態からでも自動的に欠損した部位を修復し、そしてLvも適性も記憶もそのままに蘇る。
そりゃあ危機感だってなくなり、こんな絶望的状況でもユニと同じように常に冷静で居られるというのも納得できるというものだ。
もはや本人でさえ、今が何度目の生なのかも解っていない。
そんな事を気にする意味も意義も、理由もないのだから。
広い世界でたった1人、生命の円環から外れたその神官を人は──。
──【輪廻する聖女】──
──〝マリア=ローゼス〟──
「傷も、病も、死でさえも。 私が居る限り、好きにはさせませんから」
そう呼び、崇め、畏怖したという。
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