いざ、空中戦
迷宮を護る者と対峙する際、最も注意せねばならぬのは。
言うまでもなく、〝息吹の性質〟である。
適性Sの商人が行使する【通商術:鑑定】でも見抜く事ができないそれは、ユニでさえ実際に相対した迷宮を護る者が息吹を吐き出すに至るまで解らない非常に厄介な切り札。
当然ながら、たった今リューゲルが対峙している逆角個体の雲羊竜の性質も不明なままだが、そもそも今までの戦闘においては顔が、延いては口が羊毛に埋まっていた為に、これだけの被害を出しておきながら、まだ誰1人としてこの個体が持つ息吹の性質を把握するに至っていないのだ。
ゆえにリューゲルとしても、〝埋まったままの顔を羊毛の外に引き摺り出す〟ところから始めるつもりでいたものの。
かの雷雲は〝危機管理能力〟1つ取っても並の突然変異種を凌駕していた為、瞬時に〝切り札を温存していては勝てない相手〟だと断じて、その凶暴極まる貌を曝け出しており。
「……はッ、手間が省けたな」
それを幸運と捉えるか不運と捉えるかは人それぞれだろうが、少なくともリューゲルはそれを幸運と捉えていた。
最も面倒だと思っていた過程をすっ飛ばせるのだから。
しかし、こうして顔を出したからといって即座に息吹を吐き出すかどうかは雲羊竜の気分、或いは戦略次第であり。
『BLEEEEAAAAAAAATッ!!』
「ッと、まずは雷撃──うおッ!?」
雲羊竜が初手に選択したのは息吹ではなく、わざわざ針に糸を通すような繊細さを求められる事のない全力の轟雷。
(おいマジか、遊撃竜じゃ防御も回避も……ッ!!)
その数も、その威力も、つい先刻まで狩人や傭兵たちを屠っていたのは遊びだったのかというほど多く強く、良くも悪くも平均的な──Sランク基準だが──力しか持たない通常形態では反撃に転じる事も難しいと思い知らされた彼は。
(ッたく、ンな早く切るつもりじゃなかったのになァ……!)
たたでさえ短時間しか変異できぬ以上、可能な限り遊撃竜で戦い、確実に攻撃を通せる隙を見出してから一撃なり射撃なりで大きな痛撃を与えるつもりでいたのだが、もはや様子見している余裕などないと判断し、その姿を変えていく中。
『BAA……ッ?』
雲羊竜は、とある疑問を抱いていた。
当たらなくなってきた──と。
己が放つ雷撃の量や質は決して落ちていない。
むしろ、初動より向上しているとさえ言える。
逆角個体の真価は、絶え間ない〝憤怒〟。
角を傷つけられた怒りは、その存在の危険度を最低のFランクから最高のSランクまで昇華させ、そのまま放置すれば或いはEXランクまで届くのではとすら言われる事もある。
通常、怒気というものは時間を置けば置くほど冷めていくものだが、この個体の場合は時間を置けば置くほどヒートアップしていき、それに伴い雷撃や息吹も強くなっていく。
つまり、かの存在の危険度に上限はない。
それゆえ、〝当たるようになってきた〟なら解るのだが。
その逆というのは一体どういう、と疑問を抱いていた中。
『【五竜換装】──連撃竜』
『LEAッ!?』
突如、雲羊竜の視界から半人半竜の姿が完全に消えた。
流石にユニやハヤテには劣るだろうが、それでも逆角個体の動体視力は身体能力に特化した種である黒色変異種に迫るほど優れており、その眼を以てすれば多少なり素早く飛んでいるだけの下等生物を捉え切れないなどあり得る筈が──。
そう困惑していた雲羊竜の視界の中心に、おそらく敢えて止まってみせたのだろうリューゲルが、つい先ほどまでとは明らかに異なる流線形の姿をこれでもかと見せつけながら。
『ここまで遅ぇとなると……羊じゃあなく、亀だったか?』
『〜〜ッ、BEEEAAAAAAAAッ!!』
特大の煽りをぶつけてきた事で、雲羊竜は激昂した。




