絶対強者の責任
この国に、【竜化した落胤】なるSランクが誕生する前。
正確には、後に【竜化した落胤】と畏怖を込めて呼ばれる事になる異形の存在が産まれ落ち、そして捨てられる前。
この国で活動していた狩人たちは事実、ユニが言ったように数多くの竜化生物に対応していくうちに新米から熟練に至るまで否が応でも強くなっていき、かつてはソロでAランクの狩人の数も他国と比べて遥かに多かったのだという。
……しかし、それも全ては過去の話。
今となってはAランク狩人たちも引退か殉職で文字通り居なくなっており、Sランクであるリューゲルとフェノミアを除くとAランク以上の狩人が1人も居ないのが現状だった。
では何故、そんな事になってしまったのか?
後任の育成うんぬんもそうだが、それ以上に──。
「──地上・迷宮を問わぬ国中の竜化生物たちが本能的に過剰なほど君を恐れているせいで、『あの半人半竜の仲間かもしれない』と警戒、国全体で竜化生物による脅威や被害が減少、結果的として狩人の弱体化に繋がってしまったわけだ」
「……だろうな」
ユニの確信めいた推測通り、リューゲルの存在が遺伝子レベルで国中の竜化生物たちに知れ渡った事により、被害を及ぼすどころか積極的に人前に姿を現す事さえ少なくなってしまった為、新米狩人たちは奇しくも経験を積む機会を失い。
強敵との戦闘経験どころか、そもそも竜化生物との戦闘経験自体が浅いという致命的な事態を引き起こしていたのだ。
つまり、ここに至るまで竜化生物に関連したあらゆる問題の解決は【碧の杜】か一部の竜狩人、或いは竜騎兵が担ってきた事になるが、それを良しとすべきかは微妙なところ。
こうしている間にも狩人たちは竜も首もなく1人、また1人と雷の槍に貫かれて消し炭となるか、腕や脚を吹き飛ばされて戦闘不能となるかの最悪な2択を迫られており──。
「く、クソが! やってらんねぇ、もう逃──げぁッ!」
「狩人も傭兵も次々に……! 我々も援護──を"ッ!?」
「ッ、我らをも標的に!? そんな余裕──がぁッ!?」
『GI……ッ、GIIIッ!!』
「なッ!? おい逃げ──ぎゃあぁ!!」
「マズいぞ、竜騎兵の天幕が崩れて……!!」
「た、助けてくれぇ! このままじゃ全滅しちまう!」
狩人たちの減少に伴い、かの雷雲にはより多くの標的に狙いを定める余裕まで出てきてしまったようで、狩人たちとともに戦線を駆けていた一部の傭兵、彼らだけでは戦力不足と判断して参戦しようとした一部の警察官、恐怖が頂点に達したせいで駆っていた竜化生物が戦場から逃げ出し始めたが為に機動力を失った一部の竜騎兵などが犠牲となり始めた。
天幕は半壊し、包囲も崩れ、当初の作戦はもはや──。
「おや、もう征くのかい? まだ始まったばかりなのに」
「……元はと言やぁ俺の責任だからな。 それに──」
その時、ユニの言う通り『始まったばかり』とは思えない凄惨な戦場を目にして溜息をつきつつも大翼を広げたリューゲルは、〝後任育成の怠慢〟と〝過剰な畏怖の伝播〟の責任を取る為にと助走も溜めもなく一瞬で超高々度まで上昇し。
「──気に食わねんだよ、テメェの全てが」
『BAA……?』
漆黒の羊毛に埋まりきったせいで顔も見えない雲羊竜を睥睨しながら悪態を吐いたところ、これまで目下の弱者たちに興味を示さなかったかの存在が初めて雲の中から顔を見せ。
「空は俺の縄張りだ! 我が物顔で浮いてんじゃねぇぞ!!」
『ッ、BAAAAOOOOOOOOッ!!』
バキバキと音を立てて変異し、咆哮とともに宣戦布告を叫ぶ眼前の半人半竜を、かの存在は一瞬で強者と認め──。
奇しくも再び、頂点捕食者同士の戦いが幕を開ける。