弱卒揃いの理由
突如、鬨の声を割くように響いた男女混声の断末魔。
金城鉄壁とは口が裂けても言えないが、竜騎兵が全身全霊を捧げて築き上げた〝息吹の天幕〟は、狩人や傭兵が戦場を駆け回る分には問題ないと言えるくらいに堅固だった筈。
しかし、何を言ったところで後の祭り。
各々の武器や技能、魔術や迷宮宝具が最も活かせる位置につき、わざと開けられた息吹の天幕の隙間を縫って放たれた彼らの攻撃は、かの雷雲を僅かながら削ってみせた──が。
Lv100かつ迷宮を護る者である逆角個体を削る事ができるほどの攻撃を通す隙間を、かの雷雲が見逃す筈もなく。
これまで落としていた驟雨の如く、ともすれば乱雑とさえ思える雷撃を、それこそ狩人や傭兵が武器とする【槍】のように細く鋭く尖らせ、1人1人に狙いを定め始めたのだ。
当然、一転して雷撃の的となった狩人や傭兵はもちろんの事、天幕を張っていた竜騎兵や牽制を続けていた警察官も雲羊竜の攻撃の変化を察知こそできたものの、察知できたからといって対応できるかどうかというのはまた別の話。
「ぎゃあぁああああッ! 腕が、俺の腕がぁああああ!」
「どッ、竜騎兵! 早く何とかし──……あ"……ッ」
「くそォ!! 殺してやる! 絶対に殺──ぎゃあッ!?」
「駄目だ、どんどん殺られてく……! このままじゃ……!」
迷宮個体との戦いに不慣れな首狩人。
従えている竜化生物たちが怯え始めた竜騎兵。
そもそも竜化生物との戦闘経験に乏しい警察官。
強化されてはいても凡人の域を出ない傭兵。
そして、最も頼りにならねばならない筈の竜狩人。
被害の規模に差異はあれど、5つの勢力はすでに半壊。
作戦自体は止まっていないが、もはや彼らだけではどうにもならない状態にまで追い込まれている事は自明の理。
そろそろ動き出さねばならないか、というところで。
ユニは、まだ解消していないもう1つの疑問を口にする。
「リューゲル。 私が【最強の最弱職】の視点から……頂点から見下ろしてるからだって事なら申し訳ないんだけど……」
「どいつもこいつも弱すぎねぇかって?」
EXランク──この時代を生きる最強の狩人という視点で見ている事を除いても、リューゲルが察した通り『揃いも揃って弱卒が過ぎないか』という如何にも絶対強者な疑問を。
「思い当たる原因は2つある。 1つは単に俺とフェノミアが後進育成に励んでなかった事。 そのせいで、この国にゃAランク以上の狩人は俺とフェノミア以外に1人も居ねぇんだ」
その疑問への解答となる原因の1つは、リューゲルとフェノミア──つまりは【碧の杜】が互いに秘密を抱えているせいで同業者との関わりが浅く、2人を目標に頑張ろうなど考える狩人が現れる環境作りに貢献していなかったという事。
実はユニ、作戦開始前に【通商術:鑑定】を使用して各組織に属する者たちのLvや能力値を覗き見ていたのだが、あまりに平均値が低い為に妙だなとは思っていたらしく。
それでも自分のように〝能力値に表れない強み〟があるのかもしれないと考え、これといって口出しはしなかったものの、こうなるのなら状態好化の1つでも施してやれば良かったかなと彼女にしては珍しく若干の後悔の念を抱く一方。
「ウィンドラッヘは世界で最も竜化生物の……正確には地上個体の棲息数が多い〝竜の坩堝〟。 必然、狩人たちの練度は心身ともに嫌でも上がっていくって聞いた事あるんだけど」
「……そういう時期もあったんだろうが──」
それはそれとして、ユニの言う通りウィンドラッヘは環境や地形、気候や人口などの様々な影響によって〝最も竜化生物が多い国〟として広く知られており、その事実も相まって狩人たちの練度も他国より優れている、と数年前に養成所で教わった記憶を頼りに更なる問いかけをしてみたところ。
リューゲルはただ、何かに呆れたように溜息をつき。
「──そいつぁ全部、俺が竜狩人になる前の話だ」
「……なるほど」
全ては過去の話だと、たった一言そう告げただけで。
ユニは全てを、把握した。