機を見るに敏
羊雲竜が仕掛けたという、ふわふわでもこもこな罠。
その名も、【電糸危機】。
獰猛なる雷が過剰に蓄えられた羊毛は、それに触れた生物に対し生命活動の維持が困難なほどの電撃を与えるという。
ただし、これを仕掛けられるのは逆角個体のみ。
通常の個体は正しく無力、罠を仕掛ける事もできない。
しかし、その分この罠は非常に強力かつ厄介。
視界良好な昼間ならともかく、暗闇を見通せる目を持つわけでもない人間が、まだ太陽の昇り切っていない黎明の中。
空気中の塵や地表の砂、植物の葉や他種族の毛と混じって風景に擬態した罠に引っかかるなという方が難しいだろう。
訓練された警察犬でさえ、看破できないのだから。
迷宮を護る者かつLv100個体の罠ともなれば、尚更。
……と、いった事は予測できて当然であり。
「馬鹿な……ッ、アレは事前に全て処理できていた筈……」
機雷、と言われただけで現状を把握する事こそできたとはいえ、どうやら作戦開始前に全て発見し、そして処理したつもりでいたらしい代表者が悔しげに歯噛みするその一方。
「お前らの無能は今に始まった事じゃねぇからどうでもいいがよ、さっさと次の手打たねぇと死ぬぞ? それとも──」
いつの間にかユニの隣に立っていたリューゲルはまたしても代表者を下から見下しつつ、今この瞬間も膨張を続けている雷雲をチラリと見遣ってから意地の悪そうな笑みを湛え。
「──俺と部外者で決着つけちまっていいのか?」
「ふ……ッ! ふざけるな! まだ我々は──」
手柄を奪われ仇も取れず、あまつさえ部外者の手を借りて騒動を終息させてしまってもいいのかと、その方がよっぽど楽なんだぞ俺らはと煽ってくるSランクに、いよいよ雷雲や部下たちから目を離してまで反論せんとした、その時──。
「──今だ! 稼ぎ時だぜ野郎どもォ!!」
「「「うおぉおおおおッ!!」」」
「なッ!? あ、彼奴らは……!?」
機を見るに敏、そう判断したのか。
とある迷宮宝具の力で姿を隠していたらしい100人弱ほどの男女も年齢も問わぬ傭兵たちが、ここぞとばかりに鬨の声を上げながら駆け出してくる姿が3人の視界に映る。
当然ユニとリューゲルは気づいていたが、肝心要の代表者は呆気に取られてしまっていたせいで彼らを止められず。
「まずは【電糸危機】の除去! それが済んだ奴から早い者勝ちだ! あのクソ羊に1発でも当てときゃ報酬のついでにとんでもねぇEXPまで頂けるぜェ! せいぜい気張れやァ!!」
「「「よっしゃあァああああッ!!」」」
「な、何を勝手な事を……! 止まれ、止まれェ!!」
何であれば軍議の時から近くに潜み、4つの組織の不毛な談合を聞いていた彼らの行動は実に素早く、ようやっと気を取り直した代表者が制止の声を上げたのも虚しく、傭兵たちは彼らにとっての代表者の指示を受け、散開していった。
こんな具合でも、彼らなりの愛国心を胸に秘めて──。
「……ドラグハートの傭兵も大概だけどさ、ウィンドラッヘの傭兵は輪をかけて酷いね。 あれじゃあ殆ど野盗だよ」
「……同国の人間だと思われたくねぇのは事実だな」