ふわふわでもこもこの罠
最初に動いたのは、警察官陣営──。
「総員、【警邏術:察犬】を発動! 計画通りに散開せよ!」
「「「はッ!!」」」
選りすぐられた50名ほどの警察官が代表者の号令を受けて敬礼した後、1人につき1〜5匹の多種多様な警察犬を召喚、技能発動の副産物として顕現した犬笛を各々が吹き。
ユニが参戦しようとしまいと、どのみち実行するつもりだったらしい最序盤の策、〝斥候〟と〝包囲〟を遂行すべく無駄に吠える事もない犬たちが颯爽と持ち場へ向かい始める。
近隣住民の避難は完全に済んでいても、かの雷雲が纏う魔力や稲光、轟音などに中てられた竜化生物が文字通り蠢いている可能性を考慮すると、これからの戦いにおいて障害となり得る存在を見つけ、そして排除しておく策──〝斥候〟。
地上、迷宮を問わず〝犬の吠え声〟に過剰なほどの拒絶反応を示す事が明らかとなっている雲羊竜を、かの牧場の真上から動かさない為にぐるりと取り囲む策──〝包囲〟。
我らは好きに動くとは宣言していても、これら2つの策を遂行して初めて他の組織も本格的に動き出すと決めている以上、成功を前提とした策である筈なのは言うまでもない。
……そう、言うまでもなかった筈なのだが──。
「──う"ッ!?」
「? どうした」
すでに肉眼では視認できない距離まで走っていった警察犬を操っていた警察官の1人が咥えていた犬笛が──爆ぜた。
比喩でも何でもなく、口元で砕け散ったのだ。
ほんの僅かに唇を火傷させるほどの火花を散らして。
「い、いえ、それが……ッ」
当然、何事かと代表者は問うたものの、おそらく最も状況を理解できていないのが当の本人である以上、上司からの問いであっても答えられる訳はないのだが、それでも──。
「私が召喚、使役していた警察犬が──消失しました!」
「……何だと?」
訓練や実戦の中で鍛え上げた自慢の警察犬が、あろう事か一瞬でダメージの限界を迎え、消えた事だけは解っていた。
少なくとも竜化生物に襲われたり、あの雷雲から今も降り続けている雷に打たれたりして消えた訳ではなさそうだが。
だとすると一体、何が──と思索を巡らせる間もなく。
「……ッ! こちらもです! 消失を確認……!」
「私もです! 1匹、2匹……あぁまた……!」
「今、頭上から何かが……! うあッ!?」
先の1人を皮切りに、次から次へと警察犬の消失を伝える旨の報告とともに各々の犬笛が同じように火花を散らして爆ぜていくだけでは飽き足らず、その衝撃が本体をも襲い、意識を失って倒れてしまっている警察官たちも居る始末。
何が起きているのかを知る為には【警邏術:察犬】による警察犬の使役こそが最も適しているのに、その警察犬が謎の現象によって次々に消滅していっている今、恥を忍んで他の組織の手を借りるべきかと代表者が苦悩していた、その時。
「やぁ、お困りのようだね。 良ければ助言をあげようか?」
「ッ、【最強の最弱職】……! 貴様の助言など──」
最も手を借りたくない存在からの、『不甲斐ない君たちを助けてあげよう』という上から目線の──実力も立場も何もかも上なのだから仕方ないのだが──無遠慮な一助を、もちろん彼は一蹴せんとしたものの、それは叶わなかった。
ほぼ全員の【警邏術:察犬】が消失したからだ。
彼が選りすぐった精鋭たちの、【警邏術:察犬】が。
こうなっては、もはや外聞など気にしてはいられない。
ここで躓こうものなら、かの存在を討ち倒す事など不可能であるし、何より──手柄を得る機会さえ得られないから。
「〜〜ッ、何が言いたい!? さっさと教えろ!!」
それゆえ彼は、ギリギリ矜持を保てるかどうかという僅かに震えた声で叫び、頼りたくない相手からの助言を求める。
するとユニは、これといって満足げな表情を浮かべる訳でもなく、ただ自分が求めるものの為だけに視線を動かし。
「アレは──〝機雷〟だよ。 あの雲羊竜が仕掛けた罠だ」
「機雷だと……!?」
かの存在が確かな悪意と敵意で以て仕掛けた、ふわふわでもこもこの罠が警察犬消失の原因であると明かした──。