陰陽師の結界
先述した過去の経歴からも、そして冥界に堕ちているという事実からも、ここに居るのは大罪人の魂であるという事は解るが。
それでも彼は割と素直にフェノミアに従っているように見える。
弱味を握っているという感じでもないし。
この辺りもまた彼女がSランクたる所以なのかもしれない。
「悪いけど時間がないの! 抑え込めるかどうかだけ教えて!」
『んー、ちょい待ち……』
そんな2人は今、ユニが立っている筈の位置を中心としてじわじわと観覧席の方へと近づいてきている太陽の如き光の膜の熱による汗──或いは恐怖による冷や汗かもしれないが──を拭う事もせず、あの光をどうにかできないかと前のめりに、もしくは呑気な様子で相談しており。
まだ手では触れられない位置にある光を、そしてその奥に居るユニなのかどうかも解らない何かを注視していた安倍晴明は肩を竦め。
『──……あぁ、ありゃ無理や。 何せ、ヒノモトっちゅう島国を何もないトコから創造した神サマの力や。 ボク程度じゃあ、どうにもならへんよ。こんな霊体やない、全盛期の肉体やったとしてもな』
あの光の主は、ユニの身体を借りているのは遥か昔に安倍晴明が生まれ育ち、そして死んだ極東の島国、ハヤテの出生地でもあるヒノモトを無から創った正真正銘の神である事と、たとえ生前の肉体と丹力があったとしても勝機は一切ないと、フェノミアが欲しくなかった回答を断言する一方。
「って事は、【忍法術:憑依】ね……」
フェノミアは彼の回答から、ユニが使ったのだろう技能を看破しており、【忍法術:招来】にて喚び出せる生物を己の肉体へ取り憑かせる事で人間の身では難しい異次元の戦闘を可能とする覚醒型技能で、ヒノモトの創造神を憑依させたのだろうと確信する。
また、それは同時に覚醒前の【忍法術:招来】にて、たかが1人の人間風情が天上の存在を喚び出す事ができるという異例の事実を証明する事にもなるのだが、それはさておき。
「じゃあ1つの方向に力を逃がすのはどう!?」
『そんなら、まぁ……でけへん事もないかなぁ』
「それでお願い! 方向は上! あとは私の相棒が対処するから!」
『はいはい、っと。 ほんなら、ちぃと気張らなあかんね』
抑え込むのは不可能でも、どこか1つの方向──今回の場合であれば、すでにリューゲルが待機及び準備している筈の上方に衝撃を逃がす事なら可能かという問いに安倍晴明は『んー』と唸りつつも肯定し、それを聞いてほんの少し安堵したフェノミアはいよいよ魔力を彼に譲渡し始める。
元々、【霊障術:死霊】で喚び出した死霊自体にもある程度の魔力は冥界にて蓄えられているのだが。
「……ッ、どう? これで、足りる……?」
今、彼女が蓄えている殆ど全ての魔力を費やさなければ妥協案である筈の逃がす事さえできなくなってしまうと解っている為、魔力切れ寸前まで明け渡す。
『ま、やるだけやったるよ。 せいぜい祈っとり』
そして完璧とは言えないまでも充分な魔力を受け取り、それを今は霊体である己の身体の中で丹力に変換させた安倍晴明は、全く安心できないセリフを吐き捨てつつも狩衣の懐から5枚の呪符を取り出して。
『東方、青龍の楔。 西方、白虎の楔。 南方、朱雀の楔。 北方、玄武の楔。 〆に下方──』
龍の紋様が刻まれた呪符を東側の壁へ、虎の紋様が刻まれた呪符を西側の壁へ、鳥の紋様が刻まれた呪符を南側の壁へ、亀と蛇の紋様が刻まれた呪符を北側の壁へ呪言とともに展開させてから、同じように地面へも最後の1枚を貼り付けようとしたのだが。
「──待って、上もお願い!」
『へ? 上に逃がすんやろ?』
5つではなく、6つの方向に呪符をと指示を出してきたフェノミアに対し、この修練場の東西南北と下方の4方向に巨大な結界を張って衝撃を上方へ逃がすつもりだった安倍晴明は『何を今さら』と疑問を呈したものの。
「まだ駄目なの! まだ、溜まり切ってないのよ……!!」
『はぁ? 何を言うて──』
フェノミアからすれば当初からその予定だったらしく、『指示が遅れたのは私が悪いけど』と付け加えながらも空を見上げ、そんな彼女に釣られるように安倍晴明が視線を上に遣ると、そこには。
当然、リューゲルが居たのだが。
『──……あぁ、さよか。 しゃあないな』
それを見ただけで彼は全てを理解して納得した様子だった。
安倍晴明はフェノミアが喚び出せる死霊の中でも特に優れた手駒であり、喚び出される頻度はかなり低い方ではあるものの、それでもリューゲルの存在と何ができるのかくらいは把握していた為、今リューゲルが何の準備をしているのかという事をも理解し、フェノミアの命に従う事に決めた。
『下方、土蜘蛛の楔。 〆に上方、麒麟の楔。 6つ合わせて──』
その後、元々用意していた5枚目となる蜘蛛の紋様が刻まれた呪符を地面に貼り付け、そして新たに取り出した角と鱗を携えた馬の紋様が刻まれた呪符を、浮遊しているリューゲルの少し下辺りまで飛ばしてから、忍者のそれよりも難解な印を素早く結び。
『──【陸神封の陣】』
まるで四角柱の遺骨袋の如き奇妙な形の神々しく頑強な結界を展開し、すでに全壊してしまっていた【魔天牢】の代わりに観覧客や町そのものを守護し始める。
……つもりだったのだが。
「ッ、ぐ……!! ちょっと、これ本当に保つの……!?」
フェノミアの魔力では足りなかったのか、それとも元より相手取るにはフェノミアでも安倍晴明でも力不足なのかは解らないが、【魔天牢】とは比較にならないほど強固である筈のその結界も毒に蝕まれるが如く熱で緩やかに溶けていっており、召喚主であるフェノミアまでもが全身に火傷を負ってしまっていて。
『どうやろうなぁ、アカンかもしれんなぁ』
「他人事みたいに……ッ」
『まぁ他人事やし──ん?』
その現状を見てもなお、フェノミアの言葉通り他人事のように涼しい表情と声音で『にしても暑いなぁ』と手を団扇にして己を煽ぐが如き余裕さえ見せつけていた安倍晴明だったが。
『──陰陽師。 貴様、誰に楯突いておる』
「ッ!? 今、のは……!!」
『……アカン、見つかってもうた』
次の瞬間、光の向こうから声が聞こえるだけでなく確かにこちらを見ながらユニの身体を借りた神が威圧してきた事で、ここにきて初めて安倍晴明の余裕が崩れる。
当然と言えば当然だろう、かつてヒノモトから独立したとされる小国に君臨していた彼を殺したのが、この創造神の神罰だったからだ。
『……ここらが潮時や。 アレ使うて、キミだけでも躱しぃや』
「そんな、事……ッ!! 駄目よ、もう、少し──」
だからこそ、せめて『アレ』と称した何らかの技能を使って己の身だけでも護るべきだと彼は弱腰に提案してきたが、リューゲルが今も備えているのに自分だけが安全圏に逃げるなどできるわけがない、と炭化寸前の腕を再び掲げんとしたものの。
『小賢しい。 失せよ、小娘』
『ッ、アカン! 避けぇや!』
「え──……あ"……ッ」
死霊術師を始めとした何かを喚び出して戦う職業の弱点、召喚主の無防備さを突かれると悟った安倍晴明の声も虚しく、フェノミアの豊満な左胸は薙刀のような形状となった光によって貫かれ──ら、
──即死した。
……即死した、筈だった。
「──【神秘術:蘇生】」
静かな、されど確実に響き渡るその声が聞こえるまでは。
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