どうせ逝くなら道連れに
手数そのものは、まだテクトリカの方が上だが。
1つ1つの質については殆ど同格というところまで迫って来ている以上、1人と1柱の間にあった筈の埋めようがないと思われていた実力差は、もう埋め立てられかけていた。
『ははは! 弾切れなんざ期待すんなよ!? この姿で居る間は全MPを息吹の射出だけに注ぎ込んでっからなァ!!』
『こ、のぉ……ッ』
あれほどの弾幕を長く維持し続けるなど人間の身では不可能な筈だ、と読んで時間稼ぎに移行しようとしていたテクトリカの思惑を更に読んだ彼の発言は虚勢でも何でもなく。
射撃竜への変異中、Sランクの中でもトップ3には入るだろう彼の膨大なMPの全ては息吹袋に集約され、この姿で居る間だけ口腔のみならず翼や尻尾とも息吹袋が直結されている為、弾幕が尽きる事はほぼないと言っても過言ではない。
……まぁ、【五竜換装】そのものの持続時間が非常に短い関係上、息吹が尽きるより先に変異が解けてしまうのだが。
(射撃竜か……火力、弾数、弾速ともに前より向上してるね)
それはさておき、およそ3年ほど前に彼と仕合った事があり、その際に射撃竜へ変異した彼の力を体感した事のあるユニからすると、どうやら彼は成長を遂げているらしく。
少なくとも今なら前回のように、ユニ特有の〝神の力〟はおろか覚醒型技能1つ使わずとも勝ててしまえるような不甲斐ない戦いを魅せる事はないだろうと確信する一方で。
(ただ……解ってるんだろう? リューゲル。 その娘は支配者に次ぐ強さを持つ冥界の住人、力押しじゃあ勝てないって)
それでもなお、ユニはテクトリカが優勢と見ていた。
彼女を支配下に置く冥界の支配者、【不死王】の強さを身に沁みて理解しているユニからすれば、そんな支配者が唯一あの魑魅魍魎が蔓延る澱んだ世界を任せられる存在が、ただのSランクに敗北するとはどうしても思えなかったのだ。
そして、そんなユニの思考とタイミングを一致させるつりはなかったろうが、テクトリカはいよいよ痺れを切らし。
『〜〜ッ、あぁもぅウッザ!! さっさとタヒっちゃえ!!』
『あ!? 何だありゃあ……!!』
怒号とともに左腕を高く掲げた瞬間、彼女の周囲にサイズも見た目も多種多様な──〝左手〟が無数に顕現し始めた。
ただし、左手と言っても人間と同じようなそれではなく。
死霊のように半透明なものだけでなく、骸骨のように骨だけのものや、活屍のように腐乱しているもの──といった、まるで死霊術師の技能で喚んだかの如きラインナップ。
唯一の共通点を挙げるとすれば、どの左手にも人間における薬指に当たる部位に、とてもまともな感性で造られたとは思えぬほど悍ましい造形の指輪が嵌められているくらいか。
『【どうせ逝くなら道連れに】。 掠っただけでも死ぬよ』
『はァ!? ふざけんな、そんなん反則──』
どうやらこれらは全て、あらゆる生物に通じる〝即死〟の効果を持つテクトリカの奥の手らしく、およそ技能や魔術でも再現不可能な反則技に苦言を呈そうとしたその瞬間──。
『──うおッ!?』
欠片とも呼ぶべき小さな左手が容赦なく彼の顔面を襲撃。
寸前で反応できたリューゲルは驚きながらも身体ごと首を動かす事で回避してみせたものの、彼は即座に目を見張る。
『……ッ!?』
躱す際に掠って千切れた数本の毛髪が──溶けたのだ。
ただし、熱や毒で──といった安直な様相ではない。
毛髪そのものが呪詛の対象となったかの如くジワジワと蝕むように外側のキューティクル、中間部のコルテックス、中心部のメデュラと毛髪を構成する組織全てを溶かした。
……しかし、これでもテクトリカは全力ではない。
というより、ここで全力を出すわけにはいかないのだ。
そんな事をすれば唯一の上司である【不死王】に叱られるし、そもそも脆弱な地上界で全力など出そうものなら。
この国に住まう、或いは棲まう生物の半数以上を殺す事になってしまうという、大惨事を引き起こしかねないから。