冥界のNo.2
死霊術師の随時発動型技能、【霊障術:死霊】。
それを行使する職業自体が忌避されがちという事実を除けば、戦闘・索敵・伝達と幅広く使える非常に有用な技能。
パーティー全体の世間的な印象が多少なり下落する事を加味しても、死霊術師を仲間にする狩人は決して少なくない。
……しかし、しかしだ。
「死霊……? 何故、死霊の召喚を今……?」
「確か、選手交代と……」
「意味が解らんな、やはり狩人などというものは……」
「だよねー、何で自分より弱いの喚んじゃうんだろ」
たった今その有用な技能を発動したのは、ユニ。
言わずと知れた最強の竜狩人、【最強の最弱職】。
わざわざ己より遥かに劣る力量しか持たない死霊を召喚して何の得があるのか、と4人揃って疑念を声にして発する。
当然と言えば当然だろう、Sランク狩人とそれ以外の人間では思考からして違い、それの理解など不可能なのだから。
『お前、あン時の黒いヤツ──……じゃ、ねぇな……』
『へ? 何の事?』
その一方、リューゲルはリューゲルで以前にユニの背後に見た〝黒い存在〟こそが眼前の死霊かと疑いかけるも、すぐさま自答する形で首を横に振ってから疑いを晴らす。
(纏う魔力も存在感も並の死霊の比じゃねぇ……! あン時のヤツも大概だったが、このテクトリカとかいう死霊、は──)
得体の知れなさという意味では同じでも、リューゲルの瞳が持つ【通商術:鑑定】相当の眼力は、あの時の存在とテクトリカとの違いを確かに見抜いていたようだが、その名を脳内で紡いだ瞬間、彼の思考が停止し、そして飛躍していく。
……どうにも、聞き覚えがある気がしたのだ。
「鏡試合の時、私の背後に居たのは悪魔。 死霊じゃないよ」
『あー! あーね! たるっちと間違えた感じ?』
「たるっち……あぁ、はいはい──」
そんな彼をよそに、『あの時のヤツじゃないな?』という発言を問いかけと捉えたユニはリューゲルの間違いを指摘。
あろう事か魔界のNo.2を不遜極まる仇名で呼び表した事実に呆れつつも、そろそろ戦闘開始をと命じかけたその時。
『──……待て。 お前、テクトリカっつったか?』
『そだよ? さっき言ったじゃん』
『マジ、かよ……!』
「何か知ってるのかい?」
ようやく聞き覚え程度の記憶を確信へと変えられたらしいリューゲルと、そんな彼からの問いかけにきょとんとした愛らしい表情で答えるテクトリカのやりとりに、ユニも興味を示して声をかけたところ、リューゲルは溜息をついてから。
『……フェノミアから聞いた事がある。 冥界にゃあ他2つの世界と違って支配者以外の階級が存在しねぇ代わり、その支配者が居ねぇ時に冥界を統治する、たった1柱だが馬鹿みてぇに強ぇ死霊が居るってよ……確か、その死霊の名が……』
魔界における〝爵位〟、天界における〝位階〟の如く解りやすい上下関係が、かの世界の支配者たる【不死王】を除き一切存在しない事と、その絶対王政を支える冥界でただ1つの〝地位〟を持ち、【死霊卿】を名乗る死霊が居る事。
ユニを除けばただ1人、技能も魔術もなしに冥界に干渉可能な人間であるフェノミアから、それらを聞かされた事があると思い出したリューゲルの絞り出したような発言に。
『そ! あーし、テクトリカってワケ! ヤバいっしょ?』
『ッ、あぁ、ヤベェんだろうな……』
あっけらかんとした声色で以て、【死霊卿】とは自分の事だと明かすテクトリカに、リューゲルは毒気を抜かれるでもなく、ただひたすらに警戒心を強めていくだけ。
「それじゃあ私は観てるから、好きにやっていいよ」
『いーけど、後でご褒美くれる?』
「……考えておくよ」
『やりぃ! そンじゃま、さっそくぅ──』
まるで親子のようなやりとりをする1人と1柱は、何も知らぬ者が見れば死霊との意思疎通がしっかりできている優秀な死霊術師の鑑というくらいにしか思えないのだろうが。
『──いっぺん、死んどく?』
『……ッ!!』
地の底から這い寄るような夥しい殺気を感じ取った今、何も知らなかったとしてもそう思うのは不可能だと、リューゲルは誰より自覚しながらも最凶でぐうかわな死霊に挑む。
【最強の最弱職】よりマシだと己に言い聞かせて──。