動き出したSランク
──〝護れ〟。
トリスは確かに、そう叫んだ。
戦闘時を除けば普段そこまで声を張る事もないトリスが、戦闘時とはいえここまでの大声を出すのは非常に珍しく。
「……はっ?」
「え……?」
孤児院時代から数えれば10年来の付き合いとなるハヤテやクロマでさえ、トリスの叫びの意図を掴めず困惑しかできずにいる始末。
そもそも、護れとは何を指しての指示なのだろうか。
何から護ればいいのか。
何を護ればいいのか。
……何も解らない。
ハヤテたちに、自分の身を護れと指示を出したのか。
声が届くかどうかは知らないが、【魔天牢】を展開している魔導師たちに観覧客を、延いては協会や町そのものを護れと告げたのか。
ただ、正確な事は解らずとも歴代最硬の聖騎士の名を恣にするトリスが、『護ってくれ』などという情けない指示を出すとは思えない。
では、一体──?
ハヤテとクロマの脳内を疑問符が支配した、その一瞬。
「──フェノミア、俺は上に行く!!」
「えぇ、こっちは任せて……!」
「な、何だよ、どうしたってんだ……!?」
「何かヤバそうなのは伝わるんすけどね……!」
誰よりも先に動いたのは、リューゲルだった。
明らかに先程までより大きく太く膨張した脚に万雷の力を込めつつ、フェノミアに阿吽の呼吸で指示を出してから【魔天牢】を飛び越す勢いで跳躍し、来る何かに備え始めた碧の杜に白の羽衣が露骨に混乱する一方。
(馬鹿かアイツは……ッ!! 誰の町だと思ってやがる……!?)
元より後衛であるクロマよりも更に後方にて無表情で立会人を務めていた筈のスタッドは今、竜巻の中でユニが発動しようとしている力の大きさ、そして異質さを一瞬で看破して苛立ちからか強めに舌を打つ。
それを見るのは初めてだったが、それでも彼はSランク。
ましてや、この世界の誰よりも長い30年という期間、Sランクの竜狩人として君臨し続けている彼の経験値──Lvを上げる為に必要な数値の方ではなく文字通りの意味で──は他の狩人の比ではない。
ゆえに、スタッドは悟る。
もし何の対処もせず、あの一撃の発動を許してしまったら。
協会はおろか、この町ごと──……否。
近隣の町や村、果ては国全体にまで被害が及ぶかもしれないと。
「おい魔導師どもォ!! 【魔天牢】じゃ足りねぇ、テメェらができる1番硬ぇ結界張りやがれェ!!」
「はっ? な、何を言っている……?」
「いいから早くしろォ!! 全滅してェのか!?」
「ぐ……ッ、やむを得ん! 最上位魔術を発動する!! あの勘違い女に遅れを取るなど許されんぞ!!」
「「「は、はい……ッ!!」」」
だからスタッドは、すぐさまスプークを始めとする魔導師たちに向けて【魔天牢】以上の強度を持つ結界を展開しろと命じ、そもそも協会からの要請で派遣されてきた魔導師たちに拒否権こそないものの、せめて説明くらいしろと態度で示したスプークに、スタッドは有無を言わさぬ【武神術:覇気】で結界越しに檄を飛ばす。
(……よし、観覧席はあれでいい。 多分、秒も保たねぇだろうが何もしないよりはマシだ。 アイツらも動いてるし、まぁ何とかなんだろ)
怯えながらも歯を食いしばり、どうにかこうにか満身創痍の弟子たちに最上位魔術の発動指示を出すスプークを、そして彼らより早く動き始めていた碧の杜を見届けたスタッドは、ひとまず気を鎮める為に深呼吸をしてから丸太のように太い右腕にMPとATK、2つの力を込めつつ。
「……俺も、まだ死にたかねぇからな」
まだまだ御年48歳、一線こそ退きはしたが未だ現役だと誰に告げるわけでもない呟きをこぼしながら右腕を振りかぶる中にあり。
ついに、それが動き出す。
『ごちゃごちゃと喧しい事じゃ、この国の民草は侘び寂びというものを知らんと見える。 尤も、どれだけ騒いだところで──』
身体はユニ、声もユニ。
しかし、その右手から日の出のように緩やかに浮かび上がって太陽の如く眩き光を放つ球体が有する熱量は、とてもではないが人間の身で可能な力とは思えない。
それこそ、まだ発動し切ってもいないのに星の心臓と繋がっているクロマの無限かつ最高品質の魔力による【銀白獄旋風】を、じわじわと蒸発させているくらいの規格外。
その事実を知ってか知らずか、ユニの身体を借りていると見える何かは古めかしい言の葉にて修練場に押しかけてきていた野次馬たちの喧騒を疎うとともに。
『──手遅れじゃがな』
今さら足掻いても、もう遅いと告げたその瞬間──。
『呑み込め、光よ。 悉くを──【旭日昇天】』
「「「「!!」」」」
「「「うわあぁああああッ!?」」」
「「「きゃあぁああああッ!!」」」
結界の中が、眩き光に支配された。
強く熱く神々しい、まさしく太陽の如き光に。
「め、【銀白獄旋風】が、最上位魔術が……一瞬で蒸発した!?」
先程までは緩やかであった【銀白獄旋風】の蒸発も、魔術師の言葉通り光の膨張から数瞬と間を置く事もなく成されてしまい。
「馬鹿な……ッ! 私の……我らの結界が、溶けていく……ッ!?」
「に……ッ、逃げろおぉおおおおッ!!」
「「「う、うわあぁああああッ!!」」」
せっかく覚悟を決めて最上位魔術を発動しようとしていたスプークたちの前で、【魔天牢】が壊されるなどという次元ではなくドロリと融解していく様を見せつけられた事で、いよいよ命の危機を悟った観覧客たちが我先にと修練場から逃げ出そうとする一方。
彼女は、逃げなかった。
逃げるわけには、いかなかった。
たった1人の相棒から、この場を任されたのだから。
「──目覚めよ。 極東にて眠りし、陰と陽とを司る占術士」
そして彼女は、フェノミアは己の豊満な肢体に斬新なファッションだとばかりに巻きつけていた長い鎖を触媒として魔力を充填。
何かを〝下〟から喚び出すように、じゃらりと音を立てて垂れ下がっていた鎖が、フェノミアの喚び声に呼応するかのように眼前で円を描く。
それは単なる円ではない。
──……〝扉〟、或いは〝門〟。
「【霊障術:死霊】──」
死霊術師の随時発動型技能が1つ、【霊障術:死霊】。
罪深き者が死後、堕ちる事となる世界──……〝冥界〟。
その技能は、冥界へ堕ちた者の魂を触れる事の叶わぬ死霊として召喚、或いは眼前で死したばかりの生物の魂を使役する為の支援系技能である。
そんな一見すると罰当たりな技能で今、フェノミアが冥界から喚びだした死霊は。
ハヤテの出生地たる極東の島国、ヒノモトにて全ての陰陽師を統括し、それらを贄として神々に捧げる事でヒノモトとは独立した1つの国に君臨していたとされる最強にして最凶の陰陽師の魂。
漆黒の烏帽子と狩衣を身に纏う、その死霊の生前の名は。
「──出でませ、〝安倍晴明〟!!」
……安倍晴明。
ジークガイアにさえ名を轟かせたという、伝説の陰陽師である。
『何や何や、またエラいとこに喚び出されてしもうたなぁ』
そんな物騒極まる過去を持つ筈の半透明な彼が、何とも気の抜ける口調と声音で以て、この危機的状況を『エラいとこ』などという不足も不足な言葉で表現しながらケラケラと笑っているのを見て。
(何だ、この死霊は……ッ! 普通の個体とは格も次元も、何もかもが……!)
白の羽衣のリーダーである戦士は、肌が粟立つほどの戦慄を覚えていた。
今まで見てきた、もしくは実際に討伐してきた死霊とは存在の格や次元が明らかに自分たちよりも遥か上に位置しており、どう足掻いても今の自分では勝ち目がない相手だと悟ってしまったからだ。
もちろん、そんな規格外の死霊を平然と喚び出すフェノミアにも。
流石に彼女をこそ冥界の王だとまでは言わないが、それでも冥界からの死者だと言われたなら納得しかねないほど、あまりにも死者との繋がりが深い死霊術師を素直に畏怖した人々は──。
──【墓荒らしの女王】──
──〝フェノミア=ポルターガ〟──
「頑張りましょう、ここが墓場になる前に」
忌避の意を込め、そう呼んだ。
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