「やめた」
世界で唯一の竜化病克服者という絶対的な価値ばかりが注目されがちだが、そもそも彼は適性SランクかつLv96の竜操士でもあり、同じく竜操士の適性がSランクで転職士の適性がEXランクであるユニを除けば、この世界で最も優秀な竜操士だという事は誰であれ疑いようはないものの。
彼は1度とて、竜操士が持つ4つの技能を使っていない。
その理由は至極単純、彼がMPを欠片も消費せず素の状態で行える一挙手一投足が、技能を凌駕しているからである。
では、どうして竜操士を選択したのか?
それもまた単純明快、武装はともかく職業の中で最も適性が高いものが竜操士だったから、というだけであった。
そんな事情もあって、息吹が通用しないとなると──。
『ッたく、息吹が駄目なら接近戦しかねぇじゃねぇか!!』
「いいね。 武闘家と武闘匠、どっちがいい?」
『好きにしろやァ!!』
「じゃあ武闘家で。 手数勝負といこうか」
彼に残された手段は、竜化状態の徒手空拳に限定される。
苦し紛れの一手という風に聞こえるかもしれないが、この世界における〝頑丈な物〟の代名詞とも言うべき竜化生物の鱗を、リューゲルは紙切れのように斬り裂き、噛み砕く。
脆弱な人間相手なら撫でるだけでも一撃必殺となり得ると解っているからこそ、ユニもSPDに特化した前衛職である武闘家を選択、剛と柔の近接戦闘に打って出ると決め。
「ま、全く見えない……! 何という高次元の攻防か……!」
「これがSランク同士の戦い……!」
「……ふ、ふん。 まぁまぁだな、まぁまぁ……」
「すっご、どっちもバケモンじゃん」
ユニをして溜息を吐かざるを得ぬほど弱い竜騎兵の代表者はともかく、それ以外の代表者たちは口ばかりでなく腕もある程度は立つようだが、それでも2人からすれば凡百でしかない彼らが頂点捕食者同士の戦いを目で追えるわけもない。
これではどちらが優勢かも解らないじゃないかと困惑さえしていたものの、困惑しているのは彼らだけではなく。
(駄目だ、勝ち筋が見えねぇ! これじゃあン時と同じじゃねぇか……! ましてや今日はアイツも居ねぇってのに……!)
最強を相手取る彼もまた、ほとほと難渋していた。
リューゲルが初めてユニと手合わせした時、彼にはフェノミアという優秀な死霊術師の援護があったのに、それでも彼女と2人合わせて大敗を喫したという苦い過去があり。
それを払拭するという意味ではリューゲルにも利がある戦いなのも間違いではないが、やはりフェノミアが居るのと居ないのとでは何もかもが違うらしいと困り果てていたのだ。
もちろん彼も以前より遥かに強くなっているものの、ユニの成長速度は他2人の黄金竜の世代同様、正しく規格外。
(ッ、これ以上は、もう──)
まだ〝神の領域に触れた者〟に挑むには早かったかもしれない、と〝竜の領域へ飛翔した者〟が後悔しかけた時。
「──やめた」
『はッ!?』
ユニの口からこぼれたのは、よもやの〝戦闘中止宣言〟。
「君、諦めかけてるだろ。 元々勝ち筋がない上に、あの時と違ってフェノミアの援護もないからって。 それじゃあ私が得られるものなんて何もないし、面白くもないじゃないか」
『ッ、馬鹿言え! こっからが本番だ!』
どうやらユニは彼が心の内で勝利を諦めそうになっている事や、そもそも戦いに挑んだ事自体を悔いている事を見抜いており、そんな心持ちの相手と戦っても楽しくないと断じたがゆえの発言だったようだが、もちろん彼も反論する。
図星ではあるものの、だからといってここで退いてしまってはSランク狩人としての名折れも甚だしい為である。
たとえ、相手が【最強の最弱職】であろうとも。
「何度やっても同じだよ。 だから──選手交代だ」
「何言っ──……選手、交代?」
しかしユニは彼の反論を跳ね除けるだけでなく、あろう事か他の誰かに戦いを任せようとMPを練り始めたが、一体どこの誰に【竜化した落胤】を相手取らせようというのかが全く解らず、リューゲルが疑問符を浮かべた──……その瞬間。
「【霊障術:死霊】──おいで、テクトリカ」
『はいはーい! あーし、参上!』
『な……ッ!?』
死霊術師の技能によって召喚された──ように見せかける形で姿を現した死霊らしくない死霊に、リューゲルは人間と大きく異なる竜の瞳を剥いて驚きを露わにした。
何も知らない代表者や、その部下たちとは違う理由で。