【最強の最弱職】vs【竜化した落胤】
……随分と今さらな話にはなってしまうのだが。
リューゲルは以前、ユニに大敗を喫している。
どうせ治せるのだしと、腕も脚も翼も尾も一方的に破壊され、あまりに絶望的な力の差を見せつけられたのだという。
ユニが僅か4日でSランクにまで昇り詰めた、その日に。
それ以来、彼と彼の相方のフェノミアは鍛練という名目でさえユニに挑む事はせず、いずれ再び見えるかもしれない機会に備えて力を蓄えていた──そう、蓄えてはいたのだ。
「……なぁ、昨日から安請け合いし過ぎじゃねぇか?」
「それも私さ、リューゲル」
「……まぁ、お前がいいならいいや。 面倒臭ぇけど──」
しかし、いざ対峙してみると何故ユニがこうもあっさり理不尽な要求を受け入れるのか見当もつかないが、あの人当たりの良い笑みで返されてしまっては苦言を呈し続ける事もできなくなってしまう為、彼は深い溜息をこぼしつつ。
「──頂点捕食者の戦い、見せてやるよ」
「「「「……ッ」」」」
「はは、大袈裟な」
勝ち目の薄い戦いに身を投じる覚悟を決めた。
尤も、リューゲルからすればユニとはまさに雲の上の存在であり、EXランクである事も知っている身としては、ハッキリ言ってあの雷雲への挑戦より遥かに難易度が高く。
(一矢ぐれぇは報いれりゃいいけど──)
一矢報いる、が比喩表現でも何でもないという非常に稀有な戦いに挑まねばならない己の運命を呪うやいなや──。
「──なぁッ!!』
「おっと」
「「「「ッ!?」」」」
次の瞬間、彼が立っていた筈の地面が轟音とともに爆発したかと思えば、いつの間にか完全に竜化した状態の鋭い爪で以てユニと鍔迫り合いを繰り広げる彼がそこに居て。
それぞれの組織の代表者4人と、それぞれの部下が2人ずつ、合計12人もの人間が瞬き1つせず固唾を飲んで注視していた筈なのに、誰1人として彼の動きを目で追えず。
「速いし重い、2本じゃ止められなかったかもね」
『ッ、そりゃどう──もッ!!』
唯一それを目で追えていた──どころか竜化生物の頑丈な鱗さえ紙切れのように引き裂く彼の爪を親指、人差し指、中指の3本であっさり受け止めてみせたユニからの煽りにしか聞こえない称賛に対し、リューゲルは一瞬で充填を終えた息吹をユニの整った顔を目掛けて解き放とうとしたものの。
「【通商術:倉庫】」
(ッ、まさか──)
そんな2人の間に、亜空間の出入り口が出現。
そこから現れたのは、ドラグハートの王城内部の宝具庫が迷宮化した際にも使用した、何の変哲もない──【扇】。
迷宮宝具でもなければ、ユニが錬成したものでもないその無骨な扇を見た瞬間、リューゲルはユニの意図を悟ったが。
……もう、遅い。
「──【あんひふえふ】」
『ぶあッ!?』
「も、モロに……!!」
「ユニ殿、殺しは流石に……!」
「はッ、意気がっていても所詮この程度の──」
かつて、ほぼ同じ構図で直撃を食らった迷宮を彷徨う者が粉々に吹き飛んだ反射の技能を、あろう事か顔面に食らってしまうという残忍な光景を目の当たりにした代表者たち。
まず間違いなく次の瞬間には【竜化した落胤】の首なし死体が呆気なく地面に転がっている筈だろう、と12人全員が半ば確信めいた憶測を脳内にて巡らせたのも束の間。
『──げほッ、がはッ! あァ煙てぇなクソが!!』
「な、何だと……!?」
「煙たい……? 煙たいで済むって何……?」
首なし死体どころか、そこでは少々の焦げ目が付いただけでダメージは軽微であると言わんばかりに己への怒りと不甲斐なさに塗れたリューゲルの顔が悪態を吐いており。
自分たちなら十中八九この世を去る事になっていただろう一撃を、よもや『煙たい』などという負傷とは無縁な一言で済ませるリューゲルに、もはや悍ましさすら感じていたが。
……ゆめゆめ忘るべからず。
ユニがSランク──と世間一般には認識されている──の中でも殊更に異質な強さを持っているというだけであって。
【竜化した落胤】もまた世界で唯一、技能も魔術もなしに竜の力と姿を得た、生まれながらの怪物なのだから──。