とある牧場が舞台の事件
溜息混じりなリューゲルの口から語られたのは、あまりにも厄介でいて、そして──あまりにも下らない話であった。
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それは奇しくも、ユニが迷宮へ潜ってすぐの出来事。
ウィンドラッヘの在野に位置する、とある牧場で起きた。
その牧場では2年ほど前、数ある厩舎の内の1つの扉が迷宮へ繋がる〝扉〟と化しており、その牧場を経営する夫婦は牧場主であるとともに、国から派遣された竜騎兵や狩人たちを雇う事で迷宮の管理者としても懸命に働いていたのだが。
ある日、間もなく日勤を終え門番交代という気が緩みがちなタイミングを狙い、この時はまだ性別も素性も不明だった4人組が門番数名を昏倒させ、迷宮へ不法侵入したらしい。
何故そんな事をと、正面から入ればいいだろうにと思うだろうが、その迷宮で出現するのは危険度Fランクでありながら羊毛の価値は他と比べても突出して高い羊雲竜。
地上個体の場合は乱獲が原因による絶滅を引き起こさないように、そして迷宮個体の場合は流通量の非常識な上昇が原因による市場崩壊を引き起こさないようにと。
双方ともに〝狩猟適正化法〟と呼ばれる、ともすれば人類の敵にもなりかねない竜化生物を護る法律に則り、この種が出現する地域や迷宮へ足を踏み入れる際、他の地域や迷宮よりも明らかに高値の通行料や入場料を請求される。
当然ながら、その牧場の迷宮も例外ではなく。
きっと、その4人は高額な入場料の支払いを惜しんだのだろうというのが警察官の見解であるが、それはさておき。
そこから先の事は、まだ誰も正確に把握していない。
何しろ件の4人組は、まだ捕まっていないのだから。
ただし、あの雷雲を竜狩人協会と竜騎兵が調査した結果。
雷雲と化したあの羊雲竜が迷宮を護る者個体だと判明。
その事実を踏まえると、おそらく──。
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迷宮へ侵入後、彷徨う者を乱獲して立て続けに剪毛する。
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充分な収穫を得た後、勢いそのままに護る者へ挑む。
(護る者の方が羊毛の価値が高い)
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その護る者が逆角である事に気づかず、もしくは気づいていた上で誤って傷をつけてしまい、護る者が雷雲へと昇華。
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昏倒させた門番たちが目覚めぬ内にと逸っていたせいで怠っていた〝鍵〟のない〝扉〟から、護る者が迷宮外へ脱出。
↓
事態の収束も図らず、4人はいずこへと逃亡。
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「──そして今に至るってわけだ」
「あぁ、しょうもねぇ話だろ?」
「そうだね」
あまりにも、あまりにも下らない出来事にユニも苦笑。
ドラグハートでは、あらゆる迷宮への入場料を免除されている身である事を差し引いても、ユニが他国の迷宮における入場料を惜しんだ事など養成所時代から数えても無く。
二重に罪を犯してでも価値の、そして意味のある行動だとは、とてもではないが思えないというのが正直な反応。
ちなみに4人が〝逃亡済み〟とされているのは、その迷宮から4人の遺体や遺品が見つかっていない為であるが──。
(逃亡、ね……)
……ユニは、それを真に受けてはいないようだった。