羊雲竜の特性
──羊雲竜。
文字通り、羊を派生元とする竜化生物。
全ての竜化生物は元が肉食であろうと草食であろうと関係なく食性に〝肉食〟が追加される為、この種は雑食となる。
加えて大抵の場合、尋常ならざる〝凶暴性〟をも兼ね備えている事が殆どなのだが、この種は比較的穏やかであり。
地上個体か迷宮個体かを問わず、こちらが攻撃しない限りは決して襲って来ないばかりか、こちらが実際に攻撃しても有利不利を断ずるまでもなく大して速くも強靭でもない脚や翼で以て、なるだけ遠くへ逃げようとするのだとか。
息吹は脆弱、皮膚も軟弱、そのくせ体毛は竜化していない羊よりも遥かに質が良い為、一般人にさえ狩られる始末。
ゆえに、危険度は最低のFランク。
弱小竜化生物などという侮蔑も、むべなるかな。
……しかし、そうなると疑問が残る。
何故、誰も対処へ向かっていないのか? と。
一般人でさえ狩る事が容易な雑魚なのでは? と。
とはいえ、その疑問への解答をユニはすでに得ている。
おそらく、すでに誰かが対処へ向かって久しく。
そして、その全てが返り討ちに遭ったのだろう。
弱小極まりない筈の、羊雲竜を相手に──。
「──違う?」
「いいや、何にも間違ってねぇよ」
どうやら、ユニの半ば確信めいた推測は的中したようで。
あの雷雲が現れてから1週間、竜狩人のみならず地上での事象である為か竜騎兵はもちろん警察官や傭兵までもが挑みかかったらしいが、その悉くが壊滅させられたという。
何故、危険度Fランク1匹相手に苦戦しているのか?
それは、羊雲竜という種が持つ特性が原因だった。
──〝逆角〟。
突然変異種の出現率には及ばないものの、それに次ぐ低確率でのみ地上や迷宮を問わず出現する特殊個体、或いはその個体が生やした特殊な角そのものを指す名称。
羊の角は通常、左右どちらも同じ向きに巻かれている。
しかし羊雲竜の場合、数百匹に1匹ほどの確率で左右どちらかの角が逆向きに巻かれている個体が現れる事がある。
珍しいのは間違いないが、別にその個体がありえないほど力が強かったり脚が速かったりとか、そういう事はない。
ただ1つ──……そう、たった1つだけ。
まだ生きている逆角を、決して傷つけてはならない。
狩人の間には、そんな不文律が存在する。
……結論から言おう。
もし、戦闘中に逆角を傷つけてしまったが最後。
その名の通り、そよ風でさえ浮かびかねないほどふわふわな雲の如き羊毛が一気に膨張するだけでなく、ぐるぐると巻く一対の角も強く大きく、そして真っ黒に染まっていき。
4本の脚が完全に埋没してしまうほどに膨張し終えた羊毛は、それを皮切りとして黒く染まりつつ俄かに帯電し始め。
殺意と敵意に支配された貌と、まるで悪魔のそれのように変異した一対の角を除けば完全な〝雷雲〟へと昇華する。
……何故、その現象を昇華と呼ぶのか?
それは、雷雲と化した羊雲竜が下手な突然変異種さえも上回るほどの強さを有している為であり、街1つを優に覆う巨躯から降り注ぐ驟雨が如き雷は、遥か高みより見下ろし嘲笑うように挑戦者たちを一瞬で黒焦げの炭に変えてしまうのだという。
きっと、この1週間であの雷雲に挑んだ者たちも──。
「何があったのか聞かせてくれるかい? リューゲル」
「俺も当事者から聞いたわけじゃねぇんだが──」
そしてリューゲルが、とある事件についてを語り出す。