それは、まるで日の出のような
クロマが最上位魔術、【銀白獄旋風】を維持し続けている間。
他の2人が何もしていなかったのかと問われれば、もちろんそんな事はない。
ここでクロマ1人に全てを任せてしまうようでは、それこそSランクや最後の希望の名折れというものだ。
超質量、超猛毒、超高速回転と基本的に脱出は不可能な水銀の竜巻だが、ここまでの戦いを見ていれば虹の橋のメンバーでなくともユニなら或いはと思わされてしまう。
ただ流石のユニとはいえど、この超重量かつ劇毒の奔流の中で一切の対策なく居られるわけではなかったようで。
(【銀白獄旋風】か……猶予は3分。 何とかしたいところだけど、手を打ってこないとも思えない。 さて、どうしたものかな……)
見える全てが鈍色に、聞こえる全てが流動音と破壊音で支配されていたユニは今、トリスと同じ聖騎士となっている。
聖騎士の技能の1つ、【護聖術:不動】を発動する為である。
一定時間、発動した場所から1歩も動けなくなる代わりに一切のダメージや、ダメージが発生せずとも使用者が害と判断した全ての事象を拒絶する防御系技能。
適性やLvが高ければ高いほど持続時間が延び、ユニはLvこそ高くなくとも適性がSである為、実に3分ほど保つらしく、猶予は充分である。
ちなみに、アイギスはすでに機能停止となって修練場の地面に突き刺さる形で役目を終えていた。
目視で確認、手と連動するあの迷宮宝具は今、使えないからだ。
それでも2人は決して油断も慢心もせず、万が一にもユニが何らかの手段で脱出を叶えてしまわぬように、内と外から対策を打つ。
ユニに特攻し、そして手を潰されていた本体はすでに分身と入れ替わっていたが、残念ながら負った傷までは入れ替える事ができないようで、首に巻いていたスカーフを苦無で引き裂いてから手に巻きつけて無理やり固定していたハヤテ。
「ッ、いくわよ! 【忍法術:招来】!!」
固定した為、止血こそできはしたものの血塗れである事に変わりはない右手で左腕に赤黒い紋様を描きつつ、ここまで使ってこなかった忍者の技能を痛みに耐えながら発動する。
使用者の血と丹力を以て契約、竜化はしない1種類の生物のみを忍者それぞれが甲・乙・丙の丹力を込める事で喚び出す生物の強弱と大小、及び匹数が決定される。
「おいで! 〝大鋏〟ッ!!」
「「「……ッ!?」」」
「な、何すかあれ……ッ! デッカい蠍……!?」
おそらくは喚び出す何かのものなのだろう名を口にし、紋様を描いた方の手を地面に当てた瞬間、奇妙な煙がハヤテを中心に立ち込め、次第に晴れていくその煙の中から現れた重厚な甲殻と凶悪な形状の鋏と尻尾を持つ巨大な蠍が現れた事で結界の外は異様なざわめきに支配される。
「大鋏。 甲の丹力を込めて喚び出しゃあ、Lv90台の迷宮を護る者とも単独で互角以上に渡り合える化け蠍だ」
「前に見た時より強く大きくなってるわね、ハヤテちゃん自体のLvが上がってるのもあるんでしょうけど……」
その蠍の名は大鋏、込めた丹力次第では4〜6人規模のAランクパーティーでも苦戦しかねない竜化生物を単独で討伐し得るほどの、極論ハヤテを不要としかねないほどの怪物だと碧の杜が解説する中。
「大鋏! あんたなら水銀なんて効かないでしょ!? あたしも外から支援する、あんたは内に入ってユニを牽制なさい!!」
『ギ、オォ?』
「……何よ、相手がユニだからってビビってんの?」
『……ギィィ』
「じゃあすぐ動く! 3分! 3分粘れば良いだけなんだから!」
『……ギィイイイイッ、アァアアアアッ!!』
「ったく、もう……!」
あらゆる毒物への完全耐性を有し、そしてあの規模の水銀にも劣らぬ質量をも併せ持つ大鋏ならばと指示を出したものの、ごく僅かにユニへの怯えを見せて後退しかけた大鋏だったが、3分でいいからと鼓舞した事でどうにか特攻させる事ができた。
当然と言えば当然だろう、いくら大鋏がLv90台の迷宮を護る者と互角に戦えるとは言っても、ユニはLv100の迷宮を護る者を単独で軽々と討伐してしまうのだから。
「分身たちも、あたしと一緒に忍術や忍具で援護するわよ!」
「「「応ッ!!」」」
そして、ざぶんと音を立てて竜巻に突っ込んでいった大鋏を見届けたハヤテは、バッと勢いよく手裏剣を掲げながら残る分身たちにも更なる指示を出し、その掛け声に呼応した分身たちとともにハヤテが援護を開始する一方。
「……行くか──」
「えっ!? トリスさん、入ってっちゃいましたよ!?」
「まさか、毒も効かないの……?」
まるで散歩でもするかのような足取りで、トリスが平然と水銀の竜巻へと入っていくのを垣間見ていた白の羽衣が驚愕する中。
「──【護聖術:無敵】。 何となく解るたぁ思うが、【護聖術:不動】の覚醒型技能だ。 覚醒前の『1歩も動けず、他の技能との併用もできない』って欠点を一挙に解決する、文字通り無敵になる技能ってやつだな」
「そんな技能まで……」
「【人型移動要塞】なんて呼ばれちゃうわけよね……」
どうやら今、トリスはユニが発動している【護聖術:不動】が覚醒した、発動した場所から自由に動けるばかりか他の技能との併用も可能という殆ど上位互換の技能、【護聖術:無敵】を発動しているらしい。
トリスの【護聖術:無敵】の持続時間は、何と5分。
覚醒型技能としては、あまりに破格である。
猛毒はもちろんの事、降りかかる質量や奔流さえも無視して今この瞬間も竜巻の中心で1歩も動けずにいるユニの方へと向かっている筈だと断じた。
実際、トリスはすでに何も見えない竜巻の中で盾と槍を振るってユニが立っているのだろう場所に攻撃し、伝わってくる振動から命中を確認し、一切の隙を与えないように大鋏と協力して、ただひたすらに通用しないと解り切っている攻撃を続ける。
……別に、通用しなくてもいいのだ。
3分、たった3分ユニを閉じ込める事ができればそれで良い。
そうすれば、ユニの【護聖術:不動】は解除され。
ユニは水銀の竜巻に蝕まれ、潰され、粉々になるだろう。
だが、それでもユニなら【護聖術:不動】が解けてから実際にそうなってしまうまでの1秒足らずの超短時間で何とかするかもしれない。
だから、決して油断しない。
最後の最後、その瞬間まで──。
☆★☆★☆
そして、ユニが閉じ込められてから2分30秒が経過する。
あと30秒と経たない内にユニの【護聖術:不動】は解ける。
見えてはいないが、ユニは間違いなく竜巻から出られていない。
イージスから伝わる振動がその証拠だ。
ここで、3人の意思が一致する。
(((勝てる……ッ!!)))
幼い頃から誰よりも優秀だったユニに勝てるかもしれない、と。
しかし、もちろん3人は最後まで慢心するつもりはなかった。
……だから、3人が悪いわけではない。
これから起こる事は、3人が悪いわけではない。
それは、残り20秒の時点で起こった──。
「──流石だね、トリス。 もちろん、ハヤテとクロマも」
『ッ!?』
(……!? 何故、声が……!!)
激しく廻る水銀の竜巻の中、確かにユニの声が聞こえたのだ。
魔術が使えるならそういう事もできなくはないだろうが、ユニは今【護聖術:不動】の弊害で他の技能は使えない筈なのに。
「けれど──……足りない。 これじゃあ足りないよ」
(何、だと──)
「君も、そう思うだろう?」
(!? 私──……じゃない! 誰に話しかけている……!?)
思わず攻撃の手を止めてしまうほどの困惑の中、先ほどの称賛をした人間のそれと同じものとは思えない落胆と失望のこもった声が聞こえてきた事でトリスは再び攻撃せんとしたが、その声が自分に向けられていない事を察した事でまたも手が止まってしまう。
まさか、あの時ユニの背後から感じたドス黒い何かと対話しているのでは──……トリスがそう推測していたのも束の間。
『あぁ、全くじゃな。 足りん、足りんわ』
(ッ、違う! 背後に感じた気配とは別の──いや、いい! どうだっていい! あと5秒、たった5秒でユニは……ッ!!)
『……ッ!!』
聞こえてきたその声は女性のものではあるが、ユニのそれではなく。
しかも、ユニの背後に感じた気配とも違うと確信したトリスの中の疑問は更に加速したものの、あと僅か5秒で全ては終わるのだから、もう声の事など気にせず攻撃を続けるべきだと判断し、それに呼応して大鋏までもがその鋏を振り上げた──……その、瞬間だった。
『全く以て──喰い足りんわ』
(こ、れは……ッ!!)
聞こえる筈のない声が聞こえてきた事は、もういい。
だが見える筈のないものが見えてきた事は、また別だ。
人間のそれとは思えない威圧感とともに発せられた声が聞こえてきた方向、ユニが立っている筈の場所を中心として見えてきた神々しい光と、その光が伴う太陽の光のような熱を感じ取ったトリスは。
聖騎士とは思えぬほどの速度で以て竜巻を脱出するとともに。
「──……護れぇッ!!」
誰に向けたものかも解らない、そんな精一杯の叫びを上げた。
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