【星との交信者】
……天を衝く巨塔のような、とは言ったものの。
今、修練場には観覧客や町そのものの被害を防ぐ為にスプークを始めとした魔導師たちが展開しているドーム状の結界があり。
どちらかと言えば、今にも天を衝くべく結界を突き破りそうな巨塔とでも表現すべきだろう鈍色の竜巻による衝撃は、結界を通して魔導師たちに決して無視できないダメージを与える事となった。
そもそも彼らが展開している結界は、魔術師における【魔法術:支援】や賢者における【賢才術:万能】にて発動可能な〝中級魔術〟──【魔天牢】。
魔術の階級は最下級・下級・中級・上級・最上級の全5段階。
中級魔術はその名の通り平均的な威力や効力、規模やMP消費量を持つ。
……少し話が逸れたが、【魔天牢】は基本的にに防御が目的の結界ではなく、内側に閉じ込めたものを外側へと逃さぬ為の結界であり、いかなる攻撃を閉じ込められた生物が結界に向けて放ったところで、そう易々と破壊される事はないが。
その代わり、結界が受ける筈だった全ての衝撃は展開した者たちが──つまり今回の場合は魔導師たちが受ける事となる。
つまり──……こうなる。
「駄目、だ、重すぎ、る……ッ!! ぅぐ、あ、あぁ……ッ!!」
ある者は、水銀の質量に耐え切れず全身の骨がヒビ割れていく悲痛な音を耳にしながら床にめり込むような形で倒れ伏し。
「ひぃッ!? 手が、腕がッ! 水銀が、侵蝕して……ッ!?」
ある者は、クロマの膨大な魔力によって過剰なほど人体へ悪影響を及ぼす性質を得た水銀の飛沫で皮膚や細胞そのものが爛れ落ち。
「い"ッ、ぎゃあぁッ!! 何だ!? どこから斬撃がッ!?」
またある者は、【銀白獄旋風】の純粋な風圧によって圧縮された真空の刃で至るところを斬り裂かれて血塗れとなっていた。
平穏無事な者など1人たりとも居ない、まさに地獄絵図。
せっかく予約してまで席に座っていた観覧客の一部が、我先にと修練場から出て避難を始めたりする混乱の中にあり。
「ぐ、う……ッ!! この程度、でぇ……ッ!! 貴様ら、もっと魔力を込めろ!! あんな小娘の魔術1つに良いようにされているんじゃあないッ!! 仮にも魔導師の端くれだろうッ!?」
「で、ですが……ッ」
「言い訳など聞きたくはない!! 立て!! 立って抗え!!」
「「「は、はい……ッ」」」
魔導師の上位職──尤も魔導師に技能という概念はないが──である筆頭魔導師のスプークだけは、ミシミシと全身から鈍い音を響かせながらも決して膝をつかず魔力も途切れさせずに【魔天牢】を展開させ続けており、不甲斐ない弟子たちに喝を入れる彼の口からも僅かとはいえ吐血が見られる。
同じ最上位魔術でさえ重奏が違えば威力も効力も大きく異なり。
光を司る【光】、透過を司る【透】、マイナスの性質を司る【負】の3属性を合成させた〝三重奏の中級魔術である【魔天牢】程度では何十人集まったところで抗う事など本来なら不可能なのだ。
まぁ、それでもどうにか全壊させずに耐えてはいるのだからスプークを始めとした魔導師たちも決して伊達ではないのだろう事は窺えた。
──……ちなみに、クロマが【銀白獄旋風】を発動してから。
もとい、ユニが閉じ込められてからすでに2分が経過している。
「……ねぇ、フェノミアさん」
「なぁに?」
「私はまだ〝五重奏〟までしかできないから……八重奏を修得して初めて発動可能な最上位魔術、【銀白獄旋風】なんて夢のまた夢なのだけど……それでも、流石に解るわ。 ねぇ、フェノミアさん──」
その事実を理解したからこそ、理解してしまったからこそ信じられないといった表情を浮かべた魔術師は、Sランクの適性を持つ自分でもまだまだ未熟な五重奏の使い手でしかなく、クロマが今も発動し続けている大量広域攻撃のような魔術の行使は不可能だと口惜しげに明かしつつ、もう一度フェノミアの名を呼んでから。
「──……あの娘、いつまで【銀白獄旋風】を維持してるの?」
すでに2分を過ぎているというのに、あの水銀の竜巻はいつまでユニを閉じ込めているのかと、抱いて当然の疑問を投げかけた。
それもその筈、最上位魔術とは魔術を扱う者にとって正真正銘の切り札であり、その絶大な威力や効力と引き換えに持続時間が非常に短いという修練や経験では補い切れない確かな欠点が存在する。
例えば、この魔術師が五重奏で最上位魔術を発動させたなら。
HP、MP、INT、MNDが万全な状態であったとしても、10秒持続するかどうかという超短時間しか保たない。
だからこそ信じられないのだ。
いくら最後の希望に名を連ねているとはいえ、同じAランク狩人であり8歳も年下であるクロマが2分経っても勢いが衰える様子を見せない最上位魔術を使いこなしているという事実を。
「……いつまでって言われてもねぇ。 まぁ敢えて言うなら──」
しかし、フェノミアにとっては別に疑問を抱くような事でもないようで、『うーん』と少し唸ってから答えてやろうとしたその時。
「──いつまでも、だろ? フェノミア」
「……えぇ、そうね」
「……は……?」
少し前にセリフを奪られた仕返しか、割り込むようにして『時間制限など存在しない』と暗に告げたリューゲルの答えに、いよいよ魔術師は開いた口が塞がらなくなってしまう。
……そんなわけは、ない。
永遠に発動していられる魔術なんて存在しないし、そんな魔術が仮に存在していたとしても、それを扱う為には〝無限〟とも呼べるほどの魔力が必要となる筈。
そんな人間は、居ない。
居ていい筈が、ない。
「ここまでクロマ以外の3人を散々人外扱いしといて何だがな、あの4人の中で1番人間離れしてんのは──……クロマなんだよ」
「どういう、事?」
一見すると、クロマの存在そのものを否定するような想像をしてしまった魔術師だったが、どうやらそれは強ち間違いでもなかったらしく、リューゲルからも虹の橋で最も人外に近いと断言されたクロマには一体どんな秘密がと尽きぬ興味から問い返したところ。
「〝星の心臓〟って知ってる? この星が、この星で在り続ける為に今この瞬間も消費し続けてるっていう巨大な魔力の塊の事を」
「え? えぇ、まぁ……それが、何?」
「あいつは、クロマは長い長い人類史においてもただ1人──」
その問いに答えたようで答えていないフェノミアからの、この星に生きる者であれば、たとえ教育らしい教育を受けていない者でも本能的に知っている〝世界の核〟──星の心臓と呼ばれる魔力の塊について再認識させる問いに、またも魔術師が質問に質問で返したのも束の間、リューゲルは水銀の竜巻から少し離れた位置で魔力を込め続けるクロマに視線を向けて。
「──星の心臓との繋がりを持って生まれた人間らしい」
「「「……はっ?」」」
この星に産まれ落ちた瞬間から、この星そのものの魔力と強く深く繋がっていたのだという、言葉の意味自体は理解できても、どういう理屈でそんな事になったのか微塵も理解できないクロマの力。
実際、クロマ自体も理解していないのだ。
何しろ星の心臓とは、本当にいつの間にか繋がっていて。
産まれた瞬間、クロマと名付けられるより前に。
産声とともに暴走した魔力が彼女の両親と、近くに居た医者や看護師を医療院ごと吹き飛ばしてしまった為、誰も当時の事を詳しくは知らないし、もう調べる事もできなくなってしまっていたから。
「さっきも言った通り星の心臓は、この星が自身を維持し続ける為に必要とする莫大な魔力の塊。 この先、何億年って刻が経っても尽きる事はないわ。 あの娘は、それと繋がってる。 だから魔力切れを起こす事は未来永劫あり得ないし、それこそ無数の最上位魔術を今から寿命が尽きる瞬間まで発動し続けてる事もできるのよ」
「な、何よ、それ……ッ、そんなの、反則じゃない……!」
今でこそ、ある程度は制御できるようになり、この瞬間から何億年、何十億年という途方もない時間が経過しようと決して枯渇する事はない文字通り〝無限の魔力〟との繋がりを持って生まれた少女を魔術師は素直に羨み、そして嫉妬した。
当然だろう、尽きぬ魔力など狩人のみならず全ての生物が欲してやまない、迷宮宝具も顔負けの垂涎の財宝なのだから。
「あぁそうだ、反則だな。 だから協会はあいつを──」
だからこそ、だからこそ協会の上層部たちはその少女を──。
──【星との交信者】──
──〝クロマ〟──
「──そう呼ぶ事に決めた。 ある種の畏怖を込めてな」
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