【黒の天山】の言い分
誰に唆されたのか? と、ユニから問われはしたものの。
たった1音の響きに込められた3人の疑念は、そこにユニへの誤魔化しなどの一切を感じさせないほど純粋であり。
質問の意図が理解できていない、そう思わざるを得ず。
聞き方を変えるよりも、違う方向から攻める事にした。
「確かに君たちはそれなりに優秀なんだろう。 ランク自体は低くとも、実際の実力はAランク中堅くらいありそうだし」
「え……あ、有難うございま──」
おそらくは、いや間違いなく心にもない煽て文句で以てユニは突然【黒の天山】を評価し始め、【最強の最弱職】からの思いもよらない称賛の言葉に射幸心をくすぐられたダルは、この断罪の場に似つかわしくない謝意すら述べかける。
しかし、それを遮ったのは他でもない【最強の最弱職】。
「でもね? 確かな〝実力〟を備えている者が豊かな〝発想力〟をも兼ね備えているかと言われると、私は違うと思う」
「な、何を仰りたいので……?」
「アレを造ったのは君たちなのかもしれないけど──」
手の平を返すかの如く、【黒の天山】の3人には決定的に欠けているものがあると突きつけてきたユニの言葉の真意を掴み切れず、『我々ともあろう者が』と正気で不甲斐なく思いながらもおそるおそる問いかけてきたヘイムに対し。
人造合成種の創造主がこの3人だとは認めたうえで──。
「君たちに、アレを造るよう指示した誰かが居るだろう?」
「「「ッ!!」」」
「それが、どこの誰なのか教えてほしいんだ」
「「「……ッ」」」
あの異形の怪物を造ろうと、こんな風に造ってみてはどうだろうと、【黒の天山】とは比較にもならないほどの発想力を持って3人に命じた誰かが居た筈だという確信めいた問いに、3人は一様に驚きを露わにした後、一様に口を閉じた。
……意思には添えない、そう言わんばかりに。
「答えたくないのかな? 私相手に余裕だね」
「い、いえ! 違うのですユニ様!」
「何が?」
「……信じて、いただけないかもしれませんが……」
それを知ってか知らずか、ふわりと微笑みを浮かべながらも静かな殺意を漂わせるユニからの催促に、ダルは縛られた状態のままで前に倒れ込みつつ、じわりと地面を己の血で染める事さえ厭わず頭を擦り付けて必死に誤解を解こうとし。
ユニの短い返答から、ほんの少しでも聞く姿勢を整えてもらえたと判断したダルは額からの流血を拭う事もせず──拭いたくとも拭えないのだが──おそるおそる語り始める。
どうやらユニの推測通り、あの人造合成種そのものは3人の力だけで造り上げたものではあるらしいのだが──。
「……何も、覚えていないのです……確かにユニ様の仰る通り、アレは何者かからの啓示を受けて造り出した怪物にございます……しかし、その何者かを我らは誰一人として……」
「記憶していない、と?」
「ほ、本当なのです! どうか、どうか……!」
「んー……」
肝心要の〝何者か〟とやらの人相・体格・声色・服装、ありとあらゆる要素を3人全員が覚えておらず、まるで全てが幻想だったのではないかとさえ疑ってしまうほど影も形も思い出せないと語る彼らをよそに、ユニは思考の海に潜る。
おそらく、この3人は何らかの形で記憶を弄られたのだ。
その何らかの手段が技能か魔術かはともかく、迷宮宝具の機構よりよほど複雑な〝人間の脳味噌〟を弄って記憶を操作するなどという芸当が可能なのは、それこそユニを始めとしたSランク以上の怪物たちか、そんな怪物に限りなく近いとされる最後の希望に属する一部の狩人たちだけだろう。
しかし、Sランクに属するような怪物たちは総じて彼らのような雑魚など基本的には気にも留めず、実質的な頂点と呼ばれる事も多い最後の希望に至っては多方面からの多種多様な依頼の殺到により、それどころではない筈である。
また、Sランクと一口で言っても【黄金竜の世代】とそれ以外とでは埋めようもない大きな差があり、たとえSランクであっても全員が〝記憶の操作〟を可能とする訳ではない。
つまり、考えられる候補は多くないどころか──数人。
ユニを含め〝記憶の操作〟が可能で、それでいて彼らのような雑魚にも構ってやるほど好奇心が強く、そして何よりあの異形の怪物の設計図を容易に描ける発想力をも兼ね備えた最後の希望以上の狩人──……となれば、候補は1人だけ。
「──【変生人形劇作家】……」
「え……」
「いや、独り言さ」
ユニが呟いたとある狩人の二つ名を知らなかったのか、それとも単に今この場で呟いた意味を理解できなかっただけかは解らないが、その呟きは単なる独り言として流され。
「解った、君たちの言葉を信じよう。 あの娘たちへの襲撃は不問とするし、協会や警察官へ突き出すような事もしない」
「「ゆ、ユニ様……ッ!」」
「光栄に……光栄にございます!」
それはそれとして彼らの発言自体に虚偽はないと判断したユニからの赦しの言葉は、【黒の天山】の歪んだ認識を通すやいなや神の天啓にも等しくなってしまったようで、3人揃って恭しく頭を下げてユニへの謝意を告げた瞬間。
……彼らの命運は決まってしまった。
「じゃあ、これから私がする事も光栄に思うといい」
「「「え──」」」
それは、愚かで哀れな偏執狂に贈る──。
「──【黄金術:逆理】」
「「「〜〜ッ!?」」」
都合3度目にして、3人同時の──〝改変〟だった。