ユニの背後に見えたもの
──【人型移動要塞】。
たとえ、50mを優に超える巨躯なる竜化生物に踏み潰されても傷一つ付かないばかりか押し返してしまうという超頑強な聖騎士。
スタッドを〝接近戦最強の男〟とするなら。
トリスが〝接近戦最強の女〟である事は疑いようもない。
尤も、接近戦最強の女はトリスの他にもう1人居るのだが──それはそれとして。
「と、トリス……! 待ってて、すぐ治すから──」
そんなトリスが頭の4分の1を抉り取られた今、神官と同等の回復の魔術を神官以上の魔力量にて扱える合成職、賢者であるクロマは真っ先に白黒の杖、カドゥケウスにあれとやらの為に充填していた魔力を割いてまでトリスを回復させようとしたが。
「必要、ない……ッ、私は、聖騎士……自力で治せる……!」
そもそも聖騎士の本質は守護だけではない。
神官を派生元としている関係上、癒しの力も兼ね備えている。
流石に本職には劣るが、それでも彼女はSランク。
一定時間、自分か味方のHPの最大値を上昇させる聖騎士の支援系技能、【護聖術:光鎧】を自分に対して発動させる。
最大値を上昇させるという事は、今のダメージが致命傷ではなくなるという事であり、鎧の如く纏っていた神々しい光は次第にトリスが失った部位を補うかのように集束していき、ユニに抉られた部位が完全に治癒する頃には自己修復によって兜も直っていた。
「ふぅ……ッ、それよりクロマ、あれの準備はできた、のか?」
「あ、う、うん! できてる、よ……!」
「よし、ならば──……ハヤテ!」
「解ってる! 今度はミスんないでよね!」
流石に全快とまではいかずとも、すっかり顔色も良くなってきていたトリスは即座にクロマにあれとやらの準備の進行度を確認し、それが万全であると知るやいなや今度は分身とともにユニを牽制していたハヤテに指示を出す事で、いよいよ策を決行しに掛かる。
(何か来るな。 一応、警戒を──……ん?)
一方、ハヤテの分身による牽制をアイギスで対処していたユニは3人が仕掛けようとしている策の全てを看破していたというわけでもなかった為、何が起きても見逃さないようにと目に力を込めていた──……その時。
『────、─────────?』
ユニの背後から、何かが彼女に声をかけた。
「……はぁ」
女声であるという事以外は何も解らないその声の主に、まるで聞き分けのない子供を見るような視線を向けつつ溜息をつくユニ。
「駄目だよ。 今日、君の出番はここにない。 引っ込んでて」
『──? ────、───────────』
「「「「「ッ!!」」」」」
そして、まさしく親が子を諭す時のような声音で『大人しくしていろ』と告げた瞬間、ユニの背後に居る何かからの視線を強く感じ取った5人の狩人が一斉に各々の武器に手を掛ける。
(……お二方、気づかれましたか?)
(流石に優秀だな。 フェノミア、お前も見えてたろ?)
(えぇ、何か居たわね。 あの娘の後ろ)
その5人とは当然、神官とリューゲルとフェノミアと。
(何だか知らねぇが厄介なモン連れ込んでやがんな、アイツ……まぁ、手ェ出させねぇってんならいいけどよ)
審判気取りで腕を組んでいるスタッドと──そして何より。
(3日前に感じた気配と同じ……やはり思い過ごしではなかったという事か。 ユニの背後に──……ドス黒い魔力を纏う何かが取り憑いている)
目の前で向けられた視線の正体が、3日前にユニの背後から感じた漆黒の闇の魔力を纏う──……と言うより闇の魔力そのものと称した方が正しそうな何かである事を悟ったトリスであり。
敵意こそなくとも、まるで新しい玩具を見るような好奇の視線を向けられた5人の中でも特に近くに居たトリスは肌が粟立つような感覚さえ覚えていたが。
(だが、そんな瑣末な事に構っている余裕はない。 これさえ通じないのなら、どのみち我らに勝機などないに等しいのだから──)
さりとて今それを気にしたところで意味があるとも思えず、そもそも気にし過ぎて肝心要のあれとやらに支障が出てしまっては本末転倒なのだからと気を引き締め直した後。
「──やれ、クロマ!!」
「っ、うん!」
一呼吸置いてから、振り向かぬままクロマに実行の指示を出し。
クロマはカドゥケウスの石突を地面に勢いよく叩きつけ。
「【毒】、【水】、【鉄】──合成、【銀】」
「【風】、【雨】、【雷】──合成、【嵐】」
職業のように、或いは忍術のように。
魔術における属性の〝合成〟を開始する。
魔術の属性は、忍者の属性のそれとは比べ物にならないほど数多いのだが、残念ながらそれらを合成させられる者はそう多くない。
ここでも、適性とLvが重要となってくるからだ。
双方ともに高ければ高いほど合成可能な属性の数が、そして発動可能な合成魔術の数も増えていく。
クロマは、Sランクの適性を持つLv87の賢者。
〝重奏〟と呼ばれる狩人ごとに合成可能な属性を数字で示すものにおいて、クロマは八重奏を記録しており。
この広い世界でそれを、それ以上を可能とするのはたった3人。
その内の1人は──……ユニである。
「……なるほどね。 けど、それを大人しく発動させてやるほど甘くは──」
だからこそ、ユニはクロマが発動しようとしている魔術を一瞬で見抜き、それを食らうとどうなるかも理解している為に発動前に止めてしまうべく指を鳴らし、アイギスを向かわせんと試みたが。
──ぱしっ。
──ぐしゃ。
「ッ!? い"、あ"……ッ!!」
突如、目にも留まらぬ神速で──ユニの目には鈍く見えてい た ものの──アラクネの劇毒を注入すべく特攻してきたハヤテの右手を何の気なしに掴み、何の気なしに潰してみせた事でハヤテは短い断末魔を上げる。
消えないところを見ると、どうやら本体だったようだ。
「わざわざ本体が突っ込んでくるなんて自殺行為じゃないかな」
それがなくとも元より一度だって本体を見逃していなかったユニからすれば、どうして分身がまだ居るのに本体がこんな危険な真似をしたのかが全く理解できずにいたのだが──これこそが、ハヤテの狙いだった。
「……ッ、そう、そうよね。 あんたなら反応するわよね……」
「ん?」
「反応、しちゃうわよね! 罠かもと思っても!!」
「……あぁ、そういう事か」
そう、ユニは動体視力が優れているがゆえにハヤテの音超えの速度にも反応できる。
たとえ何かしらの裏があるのだろうと思っていたとしても、見えてしまう以上は反応せざるを得ない。
それが本体なら、なおさら。
「【固着の糸】!! 今よ、あたしごとやっちゃえ!!」
「解った! でも、ちゃんと避けてね!?」
そして、ハヤテは空いた左手のアラクネをユニと自分の足元の地面に突き刺すとともに、そこから無数の糸を飛び出させてユニを自分ごと固定させたうえで、いよいよあれを実行させる。
クロマを中心として集まっていた8つの属性の魔力は、スタッドが立つ場所だけを除いて地面全てを覆うほどの巨大な魔方陣を形成していき、その魔方陣が瞬間的に鈍色の眩い光を放ったその時。
「【賢才術:万能】、【攻撃】──【銀白獄旋風】!!」
「「「ッ!? うわあぁああああッ!?」」」
「な、何だよこれぇッ!?」
普段はか細い声のクロマが全力で発した術名とともに魔方陣から光と同じ鈍色の液体が湧き出るだけでは飽き足らず、そのドロリとした重厚感のある液体は次第に上へ上へと立ち昇り、次の瞬間にはユニとハヤテが立つ場所を中心として天を衝く巨塔の如く聳え立ちながら高速回転する竜巻となって2人を閉じ込めた。
……もちろんハヤテは分身と入れ替わっている為、閉じ込められているのはユニのみ。
──【銀白獄旋風】。
内に入った全てを押し潰す超質量を持ち。
内に入った全てを蝕み殺す超猛毒をも併せ持ち。
内に入った全てを決して逃さぬべく超高速回転する──。
──……水銀の、竜巻である。
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