狩人講習:7日目・【黄金の橋】 (弐)
翼を持つ〝有翼種〟と、翼を持たない〝無翼種〟。
どちらの方が強いのか? という問いについては、この世界で竜化生物の狩猟をこそ生業とする竜狩人たちでさえ明確な答えを導き出すまでには至っていないのだという──。
曰く、荘厳なる大翼で制空権を身侭に得られた方が強い。
曰く、剛毅なる四肢で大地を味方に付けた方が強い。
などなど、どちらの勢力も決して譲る事はなく。
迷宮という、この世界の理から隔絶された竜化生物の巣窟が発見されてから数百年が経った今でも議論は尽きない。
……まぁ、どちらにしても大多数の脆弱な人間からすれば理外の怪物である事に相違ない為、不毛極まりないのだが。
では、今回の場合はどうだろうか。
シェルトたちとの戦闘中、人間の手で体内に備え付けられていたらしい〝肉の翼〟で空を舞い、全力で武器を振るわなければ傷もつけられないほど強靭な四肢はそのままに制空権を得た人造合成種は、有翼と無翼のどちらの方が強いのか。
正解は──……〝解らない〟。
実際に相対しているシェルトたちでさえ、空を征く要塞の如き姿と化した人造合成種が如何ほどの脅威となるのか見当もつかない以上、上述した議論に花を咲かせた事のある者たちが第三者として彼らを目の当たりにしたところで、すわ彼女らと同様に答えを導き出す事はできなかっただろうから。
……ただ1つ、解っている事もある。
翼を得たという事は、選択肢が増えたという事であり。
その圧倒的な質量には似つかわしくない機敏な動きでも回避できない攻撃は、もう受け止めるしかなかったものの。
ここからは、おぞましい肉の翼を用いた飛行や旋回にて攻撃を躱すという選択肢が候補に挙がるようになったのだ。
結局のところ、どちらの方が強いのか?
残念ながら、その問いに明確な答えなど出せはしない。
……しかし、しかしだ。
では、どちらがより面倒で厄介なのか?
そう問われたならば、〝今の姿〟と答えざるを得ない。
それを証明するように──。
『『『BOWッ! BOWOWOWOWOOOOッ!!』』』
「あぶ、危なッ!! こんなん空襲じゃないっすかァ!!」
「足場を錬成しようにも、この弾幕の中じゃ……ッ」
人造合成種がその巨躯からくる質量を物ともせずに飛び上がってから約3分、1発1発が砲弾の如き威力と規模を兼ね備えた息吹が絶え間なく降り注ぎ続けているせいで、4人は先ほどから一撃たりとも攻撃を加える事さえできておらず。
「技能も魔術も精霊も……シェルト様、このままでは……」
「解ってる! 今、考えてるから……!」
回避や防御に専念しながらも、どうにかこうにか各々の手段で放ってみせた攻撃も隙間なく放出される魔力の砲弾に撃ち落とされ、
ハーパーに言われずとも、シェルトだって解っていた。
このままではジリ貧どころか、敗北もあり得る──と。
「──……んッ!!」
「「「!?」」」
そんな危機的状況だからこそ、シェルトは頬を張る。
いきなり響いた破裂音に3人が驚くくらいには、強く。
……彼女には、何を差し置いても成すべき事があった。
(お前はユニ様のお陰で強くなっただけ! それも、やっと底辺から抜け出せる程度に! それを悟れ、図に乗るな……!)
それは、ほんの少しでも調子づいてしまった己への戒め。
(自分が〝凡人〟だと自覚しろ! その上で活路を見出せ! 今の私には、本当に非凡な仲間が3人も居るんだから……!!)
全てはユニの力によるものだというのに、シェルト自身が気づかぬほど小さな慢心が、あの異形の怪物に更なる力の覚醒の余地を与えるに至ったのだと邪推したがゆえの、戒め。
……実のところ、シェルトは慢心などしていない。
生家に恵まれ、親に恵まれ、仲間に恵まれただけでなく偶然にも〝憧れ〟から恩恵を受けただけの幸運な凡人であるという事は、シェルトが誰より自覚しているからだ。
だが、その戒めは幸か不幸か──。
「……ッ!! そうか、今こそ……!!」
幸運な凡人に、起死回生の策を浮かばせるに至った。