【人型移動要塞】
……別に、トリスを『凄い』と評したフェノミアの言葉を否定したいわけではない。
少し前のユニとの息詰まる鍔迫り合いも、つい先程ユニの裏を掻いたばかりの【槍操術:螺旋】も、白の羽衣のメンバーには決して不可能な芸当であるからだ。
「何を、言ってるんです? 凄いのは、ユニさんの方では……?」
しかし、だからといって解せないというのもまた事実。
トリスが凄いのは解っているが、より凄いのはユニの方なのだから彼女が真っ先に称賛するとしたらユニなのではという商人からの純粋な疑問に。
「いいや、俺も称えるべきはトリスだと思うぜ。 何しろ──」
リューゲルもまた、今の攻防に関してはトリスをこそ称えなければと断言し、それが何故かと理由を口にしようとする彼の二の句を待っていると。
「──今のユニの一撃、俺なら死んでたからな」
「え……」
「もちろん、私でもね」
「えぇ……!?」
たった今、トリスの頭部の約4分の1を抉り取ったユニの指による一撃を、もし自分がまともに食らっていたなら間違いなく即死していたと真剣味を帯びた表情と声音で語るリューゲルの言に驚く間もなく、フェノミアまでもが自分も彼と同じ結果になるだろうと同調した事で、いよいよ白の羽衣は開いた口が塞がらなくなる。
……こんな事は言いたくないが、白の羽衣ならまだ解る。
最後の希望の1人である神官を除けば、ユニやトリスどころかハヤテやクロマにも劣る自分たちが、トリスの立場だったら即死していたという事であれば理解も納得もできなくはない。
だが、この2人は紛れもなくユニやトリスと同じSランク。
確かにトリスが歴代最硬の聖騎士だというのはもう充分すぎるほどに解っているし、おまけに碧の杜は自分たちと畑の違う首狩人である為、正確な実力を把握できていないというのも事実ではあるものの。
然りとて、ユニとトリスの間にあるもの以上の実力差が、この2人とユニやトリスの間にあるとはどうしても思えなかったのだ。
「言ったろ? ユニの指は、あらゆる武器より鋭く軽い。 いくら俺が人間より頑丈でも関係なく貫かれるだろうし、いくらフェノミアが攻撃を透過させようとしても間に合わずに殺されるだろうな」
しかし、リューゲルやフェノミアからしてみると先述したユニの強みを考慮すれば火を見るよりも明らかであるらしく、どれだけ2人が常人にはあり得ない、ユニやトリスとは別のベクトルで異質の強みを有していたとしても間違いなく『死』という形で敗北を喫する事となるだろうと確信めいた推測を他人事のように語る一方。
(……人間より? 攻撃の、透過……?)
他のメンバーの知識の有無は知らないが、白の羽衣で最も歴が浅い商人はリューゲルの語りの中に出てきた2つの要素が何を指しているのか全く見当もつかず、マナー違反だと解っていつつも、いっそ【通商術:鑑定】で見抜いてしまった方が聞くより手っ取り早いのではと考えて瞳に魔力を込めた瞬間。
……否、込めようとした瞬間。
「──やめとけ小僧。 死にたかねぇだろ?」
「ッ!? す、すみません……」
見てくれは『やさぐれた青年』といった感じな為、今年ようやく20歳になったばかりの商人を小僧というほど年齢が離れている感じもしないが、それはそれとして人間のそれとは思えぬほどの怪物じみた威圧感に気圧された商人は、ただ萎縮して謝るしかなかった。
「そして、あの娘の指はあらゆる触媒より魔力を通さなくする事もできる。 クロマちゃんの状態悪化を弾くなんて造作もないし、もし食らったのがハヤテちゃんかクロマちゃんだったら──」
そんな2人のやりとりを『仕方のない人ね』とばかりの溜息とともに見遣っていたフェノミアは、そもそもクロマの状態悪化が殆ど意味を為していなかった事実に加え、もしも先の一撃を食らっていたのが最後の希望の2人だったならという仮定の話をしようとし。
「──……首なしの死体が転がっていた、と?」
その先を読んだ戦士の解答に、フェノミアは無言で首肯する。
実際、今この場に居合わせている者たちがトリスの立場に立たされたなら、ほぼ全員が戦士が口にした通りの末路を辿る事となるだろう。
「だから、トリスが凄ぇんだよ。 そもそも今の一撃、ユニはトリスの首を刎ねる気だった。 『殺すつもりで挑まなければ』って言ったのはあいつらの方だからな、加減するのも違うって判断したんだろ」
「なるほど、それで……」
そういった最悪の想像が容易にできてしまうからこそ、トリスの凄さが際立つという事もあるし、そもそもの前提としてリューゲルやフェノミアから見ても明らかに、まるで意趣返しとでも言わんばかりにユニはトリスを殺すつもりで攻撃していたようだが。
それを受けても死んでいない時点で、やはりトリスの防御性能は狩人の中でも、というか人間や竜化生物を含めた全ての生命の中でも最高峰なのだろうと、ようやく白の羽衣も納得し。
「あいつを傷つけられる可能性があるのは俺らSランク狩人と、同じくSランクの〝危険度〟を誇る迷宮を護る者だけ。 で、あいつを殺せる可能性があるのは狩人と竜化生物においてSランクを冠する中でもそれぞれの領域を外れた強さを持つ奴らだけだ」
更に付け加えると、トリスを傷つけられるのはユニを始めとした同じSランク狩人たちと、『Aランク以上のパーティー、もしくはソロでSランクの狩人』しかクエストを受注できない危険な種だと判断された迷宮の主だけであり。
そして、トリスを殺せるのは上述したSランクの狩人や竜化生物の中でも『同じ人間とは思えない』、或いは『竜化生物として見ても異常だ』と評される、規格外という表現でさえ足りないほどの力を持つ存在だけだとリューゲルは粛々と語る。
トリスを殺せる者たちの中に自分は入っていないのに、どこか誇らしげに見えたのは決して見間違いではないだろう。
後進の成長や活躍が素直に嬉しかったのかもしれない。
……もしくは、ただ単に上には上がいる、俺はまだ強くなれると愉悦を感じているだけかもしれないが──まぁそれはさておき。
「そんなもの、この広い世界でも両手で数えられるくらいしか居ない。 それ以外の存在からすれば、あの娘は難攻不落の要塞でしかなかった。 だから、あの娘を協会は──」
トリスについての話が終わりかけている事を感じての事か、フェノミアは艶かしく脚を組み替えつつ、いつの間にか手にし、いつの間にか火を着けていたキセルを吸い紫煙を燻らせながら、そのキセルでトリスを指し示したうえで、トリスに付けられた二つ名を。
──【人型移動要塞】──
──〝トリス〟──
「──そう、名付けたのよ」
まるで、人外か何かのようなその二つ名を明らかにした。
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