下位互換の失意と、そして
「……無理、ですよ。 私は転職士を選んだんです……最初に転職士を選んだ狩人は転職士を最初に選択したという事実を変えられず、その欠陥からも逃れられないんですから……」
「そうだね、普通はそうだ」
「え……?」
か細い声で呟くシェルトの説明は正しく、ユニも認めている事からも疑いようのない事実として、どれだけ協会側が忠告してもなお転職士を最初の基本職として選んだ狩人は、何があろうと能力値及び技能の威力・効力半減かつMP消費量倍増という途轍もない欠陥を抱え続けるというのが世の常。
当然それはシェルトに限った話ではなく、たとえ適性がSであってもユニ以外の有象無象は同じ末路を辿るだろうが。
「けれど、あいにく私は普通じゃない。 Sランク最強にして黄金竜の世代の一角、【最強の最弱職】だからね」
「ユニ様なら、それが可能だと……?」
「もちろん。 あぁでもその前に」
「?」
頂点である筈の〝S〟を超えた適性、〝EX〟を持って生まれたユニであれば世の常であろうと何であろうと根底から覆してしまえるのだと断言し、ユニの表情から確かな自負を感じ取った事でシェルトが緩やかに顔を上げたのも束の間。
「随時発動型技能の覚醒における優先順位は知ってる?」
「え……は、はい、学園で教わりましたが……」
その反応からすると、シェルトくらいの高等教育を受けた者やユニを始めとした優秀な狩人なら知っていて当然なのだろう、〝技能の優先順位〟についてを語り始める。
一般的にはあまり知られていない事だが、あらゆる職業や武装における随時発動型技能には、Sランクの適性を持っていた場合に他より覚醒しやすい順位というものが存在し。
最も覚醒しやすいものから1st、2nd、3rd、そして4thと銘打たれ、基本的には覚醒しにくい技能の方が威力においても効力においても優れている事が多く。
もちろん威力や効力以上に覚醒型技能が共通して持つ欠陥も覚醒しにくければしにくいものであるほど重くなっていくわけだが、それを加味しても4thに分類される技能が覚醒するに越した事はないというのが狩人の、そして何十年にも亘って統計を取り続け順位を定めた協会の共通認識である。
尤も、適性がSだからといって必ずしも技能が覚醒するわけではない為、協会側としても余計な希望は抱かせぬよう自主的な順位の公表は控え、先達から噂程度に聞き興味を持って調べに来た優秀な狩人たちにのみ開示しているのだとか。
ちなみに、転職士の適性がEXという正しく頂点に位置するユニであっても全ての覚醒型技能が4thというわけでは決してなく、2ndや3rdはもちろん1stに分類される比較的弱めの覚醒型技能も修得していたりするのだが──。
「君が3つ目を選んだ場合、私は錬金術師の〝4th〟に当たる【黄金術:生命】の覚醒型技能を起動。 最初に転職士を選択した君の過去を、それ以外の基本職を選択したって過去に書き換える。 君を苛む欠陥もなかった事になるんだよ」
「ほ、本当にそんな事が……?」
それはそれとして、シェルトが〝改変〟を選んだ場合に発動するのは錬金術師の4th、【黄金術:生命】が覚醒した技能であるらしく、その技能を使えば〝歴史の改変〟などという神にも近い所業を成してしまえるのだとユニは断ずる。
……確かに、そんな事が本当に可能なのだとしたら。
呪いの如くシェルトを蝕む欠陥から解き放たれるだけでなく、気持ち新たに基本職を選び直し、そして真に彼女に適した合成職に就き、ともすればあの3人と新たな関係を築く事さえできるかもしれない──まぁ、これも希望的観測だが。
「信じるか信じないかは君次第。 ただ、3つ目を選ばなければ君の未来は閉ざされるも同然だ。 さぁ、どうする?」
「わ……私、は──」
1つ目と2つ目を選んだ時点で、その微かな希望にさえ縋る事ができないと考えれば、そんな風に言われずともすでに心は決まっていたシェルトが口を開いた──……その瞬間。
『『『〜〜ッ!! GROO、OOOッ!! BOWOOOOOOOOWOOOOOOOOOOOOOOFッ!!!』』』
「──きゃあッ!?」
ブチッ!! という何かが勢いよく千切れる音が聞こえたかと思えば、それを即座に掻き消すような怒りに満ち満ちた大咆哮が迷宮中に轟いた事でシェルトが恐怖により蹲る一方。
「……思ったより早く解けたな」
「また、アレと戦いを……!?」
しばらくすれば自然に解けるようにしていたのに、それを無理やり解く程度の力はあったのかとユニが若干の感心を露わにする中、先ほどの希望の見えない戦いに今の状態で身を投じる可能性を勝手に考慮して絶望するシェルトをよそに。
「フュリエル」
『ここに』
「相手してきてくれる? あぁでも倒すのは駄目だよ」
『お任せを』
(誰と、話して……?)
わざわざシェルトに姿を見せる面倒な手順を省き、フュリエルに時間稼ぎを頼むという相手がユニでなければ苦言を呈するまでもなく消滅させられているだろう依頼を、フュリエルは嫌な顔1つせず受け入れて一礼、ふわりと飛び上がって咆哮の轟く先へ向かっていき。
「もう少しだけ時間をあげよう、しっかり考えるといい」
「ッ、はい……」
それを見届けるまでもなくシェルトに視線を戻したユニからの、『今ここで決めてもらう』という圧力を感じ取ったシェルトは、そこに何が居たのかと疑問を抱く事も忘れ、ただひたすらに提示された3つの選択肢を改めて反芻し始めた。
(……倒すなとは言ったけど……あの娘、手加減できたっけ)