狩人講習:7日目・vs人造合成種 (玖)
全部、私の想定通りだから──と、ユニはそう言った。
実際、ユニの想定通りに進んではいるのだろうが。
では、シェルトが打ち立てた戦闘の方針は1つでも、そしてほんの少しでも希望に繋がったのかと問われれば──。
「──う"ッ!? がは……ッ!!」
……〝否〟、と断言せざるを得ない。
視線の誘導──こちらについては、フラガラッハの能力を活かした円軌道で左右の首を振り向かせたり、シェルト自身の僅かなMPを消費しての【化生術:集光】や火・光・音などの属性を付与した各種魔術でリーダー格なのだろう中央の首の意識を逸らしたりと比較的上手くいってはいたものの。
継ぎ接ぎへの集中攻撃──肝心要のこちらが、シェルトの貧弱なATKやINTでは通常の増殖変異種以上の耐久性を誇る人造合成種の皮膚はもちろんの事、格段に脆い筈の継ぎ接ぎさえ僅かに綻ばせる程度の脆弱な攻撃しか加えられず。
(もう、HPが……回復する為の、MPも……ッ)
次なる手を打とうにも、それを実行するべく立ち上がる為のHPも、そのHPを回復する為のMPもとうに風前の灯。
討伐どころか妥協案の弱体化すらも夢のまた夢であり、いつ駆けつけてくれるかも解らない仲間たちを待つという、すでに切り捨ててしまった希望に縋る事もできそうにない。
『『『grrr……LEEE……』』』
「……ッ」
ズシン、ズシンと如何にも余裕綽々といった様子で近づいてくる人造合成種の表情や声色からも解る通り、かの存在は未だ微々たるダメージしか受けておらず、そのダメージすらも自然治癒によって完全に回復してしまっていたから。
じわじわと迫り来る巨躯なる怪物を前に、シェルトの脳内に走馬灯が如き光景が泡沫のように浮かんでは消えていく。
……一体どこで何を間違えたのだろう。
突然変異種相当の人智を超えた怪物を相手取った事?
──確かに。
あの3人に劣るという事実へ真に向き合わなかった事?
──それもある。
はたまた、ユニを嚮導役として雇ってしまった事?
──最も大きな間違いの1つだろうが、本命ではない。
……ここまで絞れば、もう解るだろう。
最大の間違いは、彼女が転職士を選択した事。
あらゆる能力値の数値や技能の威力、効力や効果時間などが半減し、その癖MPの消費は倍になるという重大な欠陥を抱えた基本職を協会や親の反対を押し切ってまで選んだ事。
……間違った憧れを、抱いてしまった事。
自業自得と言い切ってしまうのはあまりに哀れだが、あの3人のような優れた素質を持つ者たちまでもを巻き込んだ時点で、そう言い切る他に彼女の失敗を表現しようがなく。
(……こんなの、もう……)
ついに、どうにかこうにか精神だけはと保っていたシェルトの中の何かがポキリと音を立てて折れた──その時。
「ここまでか。 まぁ意外と保った方かな」
「え……ゆ、ユニ様……?」
突如、背後から聞こえてきた戦場には似つかわしくない穏やかな、それでいてシェルトの頑張りを讃えるつもりは微塵もなさそうな声に反応して振り向くと、そこには相も変わらず表情だけは人当たりが良さそうなユニがいつの間にか立っていて。
「悪いけど、少し時間をもらう。 試したい事があるんでね」
「た、試し? 一体、何を──」
名前を呼ばれた事を歯牙にもかけず、ただ人造合成種だけを見据えて『時間をもらう』だの『試したい事がある』だのと、シェルトの理解が及ばぬ話を続けるユニだったが。
『『『YEッ!? GRU、E、OOO……ッ!?』』』
「ッ、【暗影術:絞殺】……!!」
次の瞬間、ユニを視界に映した時から最大限に警戒していた筈の人造合成種の全身が、シェルトのそれとは比較にさえならない速度と物量を誇る魔力の縄で拘束され、シェルトと人造合成種が双方ともに戸惑いを隠せないでいる中。
「少し経ったら解けるようにしてある。 また後で会おう」
『『『〜〜ッ!! BOWOO……ッ!! GROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOWLッ!!』』』
ひらひらと手を振りつつ、【通商術:転送】を発動させて自身とともにシェルトを転移させていき、それを見届ける以外に何もできなかった人造合成種の怒りと悔しさと、そして──。
──……確かな安堵を思わせる咆哮が辺りに轟いた。