トリスが払う代償
白の羽衣が先達に【最強の最弱職】の強みを教わっていたその一方。
ユニに受け止められた【槍操術:螺旋】の回転は完全に止まり。
硬度に秀でた金属同士が高速で互いを研磨しているような甲高い音も聞こえなくなったタイミングで、パッと槍から手を離すと同時にユニがバックステップで距離を取った瞬間、手元の辺りから赤い液体のようなものが数滴ほど飛び散ったのを1人の狩人が捉え。
「!! あ、あれは……ッ!!」
「「「!?」」」
思わず声に出して驚き、指まで差してしまった事で修練場中の観覧客の視線が一斉に指差す先、ユニの手元に集中する。
……生物由来の赤い液体。
それが何なのかなど、もはや言うまでもない気はするが。
「ゆ、ユニ様の美しい御手に傷が……ッ!?」
「受け止め切れてなかったのか……!」
人差し指と中指の内側、そして手のひらの中心にあたる部分の手袋を裂き、そこからポタポタと滴り落ちるその液体は──血。
「……流石はトリスだ。 仲間の支援もあったとはいえ、今の今まで無傷だった【最強の最弱職】にダメージを与えるとはな」
「Sランクの面目躍如ってとこかしらね。 まぁ、あの程度のダメージでそう言えるのかは微妙な気もするけれど……」
30もの分身とともに襲い来ていた音超えの乱撃にも、方向を問わず絶え間なく発動していた無数の魔術にも一切の傷を負う事なく完璧に対応していたユニに浅くも確かなダメージを与えてみせたトリスを、Bランク辺りの中堅に位置する同業者たちが称賛したりしなかったりする中。
その瞬間まで、ユニやトリスといった当人たち以外は誰も気づいていなかった異常を真っ先に察知したのは、やはりこの2人だった。
「確かにどっちも凄ぇ。 凄ぇが──……なぁ、フェノミア」
「えぇ──……代償が、大きすぎたわね」
「代、償? 何を言って──」
あの絶大な威力の一撃を超至近距離から受け止めて擦り傷程度に留めてみせたユニも、それを背中から放つという離れ業にて成し遂げたトリスも凄まじいまでの力量と技量を兼ね備えている事は今さら言うまでもないが。
逆に言えば、あの絶大な威力の一撃を以てしても擦り傷程度のダメージを与える事ができていないのに、トリスがあれほどの代償を支払わなければならなかったという事実からも、やはりユニの方が一枚どころか二枚も三枚も上なのだろうと2人だけで納得する一方。
その会話を又聞きしていた戦士は『代償』とやらが何を指しているのか見当もつかず──こちらに背を向けている為、トリスがどうなっているのかハッキリとは解らないというのもあるが──もう聞いた方が早いかとおずおず問いかけようとした、その時だった。
「──ひッ!? きゃあぁああああッ!?」
「「「ッ!?」」」
碧の杜や白の羽衣とは正反対の観覧席、つまりは今トリスと図らずも向き合う形となっている筈の、ファンクラブに所属していると見られる女性が明らかに悲鳴と思われる甲高い叫び声を上げる。
「と……トリス様のお顔が、お顔がぁああああッ!!」
「顔──……はッ!? な、何で、いつの間に……ッ!?」
「ユニが、やったのか……? だが、そんな動きは……」
「顔……? 駄目だ、こちらからでは何も……」
その手に『こっち向いて♡ トリス様♡』と書かれた団扇を持っていた事からも十中八九トリスのファンなのだろうが、そんな彼女が見たものはあまりにも彼女にとって『トリスの端正な顔』に起こった悲劇を示す声に、あちら側のファンたちや同業者たちを含めた観覧客は同じく衝撃を受けていたものの、こちらからは何も解らない。
「……リーダー、ウアジェトをご覧になっては?」
「そうか! これなら──……ッ!?」
「な、何だありゃあ……!!」
まごついていた戦士に対し、反対側から見る光景も今の位置から見えるようにと協会が設置していた、パノラマ型のウアジェトを親機とする複数の子機の1つを視線で指し示した神官に反応し、そちらを勢いよく向いた戦士だけでなく、武闘家までもが唖然としてしまう。
……例えば、頬に引っ掻き傷がついてしまったとか。
……額の傷から大袈裟に流血してしまったとか。
……鼻の骨が折れて歪んでしまったとか。
顔に負ってしまう傷というのは他にもいくつかあるが。
そんな程度の低い傷で、あそこまでの悲鳴を上げる筈がない。
そして、何よりも──。
Sランク同士の近接戦による負傷が、そんなに甘い筈がない。
あれを見れば、嫌でもそれを理解できるだろう。
「トリスさんの、顔が……いや、頭が──」
トリスが負った傷は、正確に言うと〝顔〟にではなく〝頭〟。
そして引っ掻き傷や擦り傷、脱臼や骨折どころではなく──。
「抉られてる、っすよね? あれ……」
「右の後頭部から、こめかみ……そして右目も、あんな深く……」
「しかも兜ごと……何かもう……怖ぁ……」
まさに盗賊と魔術師、商人の呟き通りにトリスの頭は頑丈で純白の兜ごと深く抉られており、おそらく実際に抉られてから数秒ほど経過してから遅れて途轍もない量の血液が溢れ出し、それでもトリスは倒れるどころか膝をつく事さえせず、ユニに背を向けたまま立ててはいるが。
「……ッ、しくじったな……」
僅かとはいえ左脳まで抉られているせいで、ぐらつく視界に吐き気を覚えつつ己の不甲斐なさを吐き捨てていた。
……まぁ、脳を傷つけられておいて意識を保つどころか倒れもしないのは、HPも飛び抜けているという事の証明でもあるのだが。
「あの不意打ち気味の【槍操術:螺旋】を受け止めるだけなら俺にもできる、できるが──……それと同時に状態悪化が掛かった身で、しかも素手でトリスの歴代最硬のDEFを貫くなんてのは……正直、自信ねぇな」
トリスがこんな危機的状況に陥っていた事実、陥った原因、そして陥らせた者をウアジェトを見るまでもなく看破していたリューゲルは、さも『トリスだけでなく自分もユニには劣る』とでも言わんばかりの自嘲的な笑みを浮かべつつ、2人の攻防の内訳を語り出す。
結論から言うと、トリスは手痛すぎる反撃を受けたのだ。
確かに懐へ潜る事でアイギスを用いての攻撃は抑制できたが。
……両手は、空いていた。
だからユニは、ほんの一瞬だけアイギスとの連動を解除しつつ伸びてくる槍を受け止める為に左手を前に掲げ、それと同時にトリスを攻撃する為に右手を振りかぶり、【槍操術:螺旋】が左手に接触すると同時に振りかぶっていた右手を鎌のよう―に振るい。
まるで、そこに障害物など何一つないかのようなスルッとした手応えで、兜から髪、髪から頭皮、頭皮から頭蓋骨、頭蓋骨から脳味噌、脳味噌から眼球──……と、深く深く抉り取ったのだ。
何度も言うが、素手で。
修練場中の誰しもが困惑と混乱の波に呑まれる、そんな中。
「それにしても、やっぱり流石ね──……トリスちゃんは」
「「「「「……はッ???」」」」」
「……」
フェノミアが、どういうわけかユニではなくトリスを称賛し始めた事で神官以外の白の羽衣全員は脳内を疑問符で支配されていた。
当然と言えば当然だろう。
傷が浅い方ではなく、傷が深い方を褒め始めたのだから──。
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