狩人講習:7日目・vs人造合成種 (陸)
……幕を開けた、とは言ったものの。
先述した通り、シェルトのHPはすでに風前の灯。
全快する為のMPはまだ残っているが、そうすると戦う為のMPが欠片ほどしか残らず、せっかく回復しても窮鼠が竜を噛む事さえできなくなってしまうという絶望的な板挟み。
しかし、それでも逃げるわけにはいかない。
……まぁ正確に言えば、逃げたくても逃げる事などできるわけがない──というだけなのだが、それはさておき。
優れた〝眼力〟を持つユニから見てもシェルトの勝率は限りなくゼロに近いものの、シェルトは希望を捨てていない。
と言うより──たった今、〝希望〟を見つけたのだ。
この増殖変異種? が何某かの手によって造られた竜化生物であるという事は、巨躯のところどころを覆う包帯や継ぎ接ぎの存在から思い至っており、そこに付け入る隙がないかと観察する為、【暗影術:刺殺】を適用すべく暗殺者に転職。
『『『GROOOOWL……』』』
1歩ずつ、1歩ずつシェルトより遥かに広い歩幅で緩やかに近づいてくる人造合成種に油断や慢心はなく、ただ眼下に立つ矮小な〝餌〟をどの首が喰らうか決めかねているだけ。
その威風堂々とした姿はシェルトの中で燻る恐怖を更に煽るに充分すぎる効果を持っていたが、それ以上に〝観察に必要なだけの僅かな時間〟を与えられた事によるメリットの方が遥かに大きく、事実その時間はシェルトに希望を齎した。
(ッ!? アレは……!!)
【暗影術:刺殺】が反応したのは、〝包帯〟。
……その下の皮と骨と肉とを繋ぎ止める、〝継ぎ接ぎ〟。
先述したように、巨躯のところどころをぐるりと覆う包帯は殆どが夥しいほどの赤黒い血液で染められているのだが。
シェルトが垣間見たのは、その包帯を赤黒く染めている血液が未だ湿潤状態にある事、そして僅かに残っていた純白の部分すら今この瞬間も赤黒く侵蝕し続けている事。
その2つの事実が指すもの、それは露出している部位とは違い包帯の下の継ぎ接ぎが、あの人造合成種を造る為に切開した部位を、完全には繋ぎ止められていないのだという事。
つまり、シェルトが狙うべきは目に見える継ぎ接ぎではなく、人間に使うものとしては大きすぎる血染めの包帯で固定しなければ崩れてしまうような継ぎ接ぎが施された部位。
具体的には肩や膝、手根や足根を始めとした関節部位。
もちろん3つの首全てを刎ねてしまえるならそれが1番良いのは間違いないが、たとえ全快の状態であってもシェルト単独では首が1つの迷宮を護る者相手でさえ苦戦しかねず。
満身創痍の今、シェルトの成すべき事は──。
(全身全霊で、あの怪物を弱らせる……!!)
討伐を至上目的として見据えつつの、〝弱体化〟。
眼前の怪物も当然のように有している、あらゆる竜化生物が持つ〝自然治癒能力〟を僅かにでも上回り続ける事さえできれば、ほんの少しずつとはいえ確かにHPは削れていき。
シェルト程度でも互角の戦いが可能な低い次元まで引き摺り下ろす事ができる──……かも、しれない。
そうして初めてシェルトが望み、そして臨む戦いを繰り広げられるようになる──……かも、しれない。
全部が全部、成就する確率の低い憶測でしかないのだが。
それでも今の彼女とって、この僅かな希望は溺れる者が掴みたくなくとも掴まざるを得ぬ細く頼りない〝稾〟が如し。
稾だろうが何だろうが、それが勝利に繋がるならいい。
ここでの戦闘及び勝利だけが、あの3人と肩を並べられるまでの成長を可能とし得る唯一の〝鍵〟なのだから──。