狩人講習:7日目:vs人造合成種 (伍)
瞬間、余力を残さねばならぬと解っていても手加減できるほどの余裕もないとばかりに精一杯のMPを充填し、シェルトの内側から漏れ出たMPで全身が輝きを帯び始めた頃。
人造合成種の放つ馬鹿げた威力と規模の息吹も、およそユニが【竜王術:息吹】にて放つものと変わらぬ速度で肉薄してきており、何もなければ1秒と経たない内に接触してシェルトを跡形もなく消し飛ばすだろうとユニが判断する中。
「【化生術:集光】ッ!!」
遂に、シェルトが講じた唯一の対策が起動する。
盗賊と商人を派生元とする合成職、〝道化師〟の技能。
対象とした生物、非生物へ属性に依らない〝光〟を当てる事で他の生物の注目を集め、視線を誘導する支援系技能。
その技能をシェルトは、壁から頭だけを出しているかのような意匠の犬型の石像を対象として発動し、たった今この瞬間にも己を消し飛ばさんと接近する息吹の軌道を寸前で逸らそうとしているのだろう事だけは解るものの。
それなら似た効果を持つ盾の技能、【盾操術:挑発】でもいいのではと思うかもしれないが、あちらは盾を手にしていなければ発動しない関係上、使用者以外を対象にはできないという〝挑発〟の名に恥じぬ効果である為、こちらが最適解である事に疑いようはない。
……しかし、それも全ては使用者が優れていればこそ。
「ッ、やっぱり全部は──痛ッ!? う、うぅぅ……!!」
光が視界の端に映ったからか、3つの内2つの首から放たれていた息吹は不自然なほどに軌道を曲げて石像を狙いの的に変更したが、シェルト程度の実力では3つ全てを誘導し切る事などまず不可能であり、残った1つとの接触により一瞬でHPの6割近くが減少してしまい。
空いた手に装備していた迷宮宝具でも何でもない盾を触媒として発動した【盾操術:剛壁】では到底防ぎ切る事はできず、みるみる内に残った4割のHPも削られていく。
──〝死ぬ〟。
そんな一言が少女の脳内を支配しかけたのも束の間。
「う、く……ッ!! あ"ぁああああああああッ!!」
この土壇場で、シェルトは【転換術:転職】を発動。
HPが減り続けている現状を逆に利用するべく狂戦士へと転職しつつ、【通商術:倉庫】から取り出した白銀の散弾銃を触媒として【銃操術:射幸】と【銃操術:砲塔】を発動。
一定時間、尽きる事のない弾丸を絶え間なく前後左右の壁面に設置した砲塔と真上から撃ち続け、片方の手に装備したままの盾でも【盾操術:反射】を発動して微量とはいえ跳ね返しながら、とにかく少しでも息吹を削って回避の余地を作る事に専念し。
(ッ!! 右端、今なら……!!)
正直、狙いをつける余裕もなかった事が幸いしてか他と比べて右端だけが多めに削れていると気づいたシェルト。
「【忍法術:同形】ッ! お願い私を──痛ぁ!?」
ここぞとばかりに分身を顕現させた結果、思ったより強めに蹴り飛ばされた事で鈍痛を感じながらも、どうにかこうにか息吹を躱して壁の方へと逃れる事ができたのだった。
……この一連の技能捌きだけを見たのなら、ユニも彼女に及第点くらいはくれてやっていたのかもしれないが──。
(及第点はあげられないな。 あの発動タイミングで被弾するようでは……とはいえ、あの娘の弱さを差し引いても──)
そもそも〝回避〟を目的として掲げておきながら被弾している時点で、ユニの物差しで言えば〝落第〟もいいところであるものの、たとえシェルトが相手でなかったとしても、あの人造合成種の強さには目を見張るものが、と感心する中。
「はッ、はッ……やっと、着地できた……!」
体表の傷こそ目立たぬものの、すでに8割近くのHPを削られた状態で何とか着地に成功したシェルトの眼前では。
『『『WOOOOOOOOF……』』』
「……ッ!!」
ズシン、ズシンと迷宮の床を踏み鳴らしながら3つの首で低く唸る人造合成種が、ほんの少しの消耗さえ感じさせない万全の状態で1歩、また1歩と近づいてきている事実に押さえ込んでいた恐怖が湧き出てくるような感覚を覚えつつも。
まだ戦いは始まってすらいない、誰に言われずともそんな事は解り切っていたシェルトは先の攻防で僅かとはいえ覚醒した頭脳を働かせ、ここからどうすべきかを黙考し始める。
ユニには頼らないし、そもそも頼らせてはくれない筈。
先の対空攻撃で救けてくれなかった時点で解った事だ。
では、3人はどうだろうか?
まず間違いなく、シェルトを追って来てくれはする筈。
……しかし、それでいいのかという疑問がこびりつく。
狩人講習、最終日──これは、ユニからの最後の試練。
3人は疑いようもなく、この1週間で更に強くなった。
それに対して、自分はどうか。
多少なり度胸はついたかもしれないが、それだけだ。
……強くなる好機は、ここしかない。
(ソロで倒すつもりで命を懸けて、ようやく対等な筈……皆を待つ余裕なんてない、ユニ様の御前でアレを倒す……!!)
まぁ、目の前の怪物と〝対等〟だなどと考えている時点で楽観視が過ぎるという話もあるのだが、それはさておき。
『『『BOWWOW! GROOOOOOWLッ!!』』』
「〜〜ッ!? い……ッ、行くわよ、フラガラッハ!!」
眼下の人間が仕掛けてこない事に痺れを切らしたのか、それとも単に空腹がゆえかは解らないが、耳をつんざき臓腑を揺らす咆哮とともに、シェルトの孤独な戦いが幕を開ける。
(並のBランクパーティーじゃ歯が立たない程度の強さはありそうだ。 あの3人なら良い勝負にもなるだろうけど、シェルト単独じゃ天地がひっくり返っても勝てない。 何せ──)
あのユニをして、そこそこ強いと思わせるほどの──。
──万犬竜──
──〝ケルベロス〟──
(冥府の番犬の名、くれてやってもいいくらいには強いしね)
遭遇した事はなくとも、おそらく冥界の門を守る怪物と大差ない実力を誇っていると想定するほどの怪物との戦いが。