狩人講習:7日目・謎の3人組 (伍)
一方、黒の天山も理解はできていた。
眼前に立つ3人の少女が、自分たちを凌駕している事を。
ダラダラと時間をかければかけるほど、ただでさえ1割にも満たぬ筈の勝率が右肩下がりに落ちていくのだろう事を。
しかし、だからといって今さら退く事などできはしない。
振り上げた拳を振り下ろす事など、できはしない。
「優秀なのは解っていたがこれほどとはね……! けれど僕たちにも負けられない理由があるんだ! 【霊障術:骸骨】!」
「【黄金術:生命】……!」
「【竜王術:騎手】──」
だからこそ3人は、もはや通じぬと予感していてもなお遁走など微塵も考えず、この迷宮で命を落とした万犬竜の骸を、迷宮の石壁を素材に錬成された人造竜化生物を、戦闘中に乱入してきた中で最もLvの高い迷宮を彷徨う者を、それぞれの技能で操り決着をつけようとした。
……そう、決着をつけようとしたのだ。
しかし、そんな決死の行動も虚しく──。
「「「──ッ!?」」」
発動後に潰されるならまだしも、技能の発動すら許されないほどの速度と規模で以て、半透明な何かが彼らを拘束し。
「な、何だこれは……ッ! 少しも、動けない……!」
「これは……巨大な、〝手〟……!?」
「我々を、掴んでいるのか……!?」
「抵抗は無駄ですわよ……! それなるは──」
こちらから触れる事はできないのに、どういう理屈かこちらの動きだけは阻害してくる半透明で巨大な手のようなものに掴まれた3人に対し、どうやらそれを実行している張本人であるらしいハーパーは扱いきれていないのか全身を軋ませながらも、あくまでこちらが優位だと示すべく笑いつつ。
「〝精霊女王の御手〟、ですもの……!!」
「ッ、【謁見行為】か……!!」
その神々しい手が精霊を束ねる女王の手である事を明かした瞬間、即座に見抜いたダルの叫びは正しく的を射ていた。
──【謁見行為】。
それは、技能のない精霊術師に許された唯一の切り札。
天界、冥界、魔界を総称して言う三界、及び人間が住まう地上界といった〝世界〟に相当する地を、精霊は持たない。
魔力が漂っている場所でさえあれば、どこであろうと存在できるし、どこであろうと棲家にする、それが精霊なのだ。
それは、たとえ三界であっても。
……しかし、地上界に棲み着く精霊には三界に棲み着く精霊にはない、1つの大きな相違点かつ優位点を持っている。
──〝霊王合一〟。
周囲に存在する精霊たちがある一定以上の数に到達し、そこに居合わせた優れた素質を持つ精霊術師が、それを心より望む事で彼らは1つとなり──〝王〟の姿と力を得る。
その望みを届かせる力こそが、【謁見行為】。
男性なら〝精霊王〟、女性なら〝精霊女王〟が、通常の精霊とは違い属性に依存しない神秘の力で以て歯向かう敵を滅するという、まさに覚醒型技能に等しい力を発揮できる。
ちなみに、三界に棲み着く精霊たちに同じ事はできないのは、〝王〟と成ったところで〝神〟には勝てぬからという何とも物悲しい理由があるからだそうだが、それはさておき。
一言で〝優れた素質〟と言っても、単に他と比べて優秀程度の素質では王が力を貸す事は決してなく、それこそユニを始めとしたSランクか、もしくは最後の希望クラスでなければ指1本でさえ借り受ける事はできない。
要は、全身とはいかずとも〝両手〟を操る権利を得られたハーパーは、やはり最後の希望に匹敵するという事であり。
「イムダ! 駄目元で【鞭操術:調教】を──」
竜化生物しか調伏させられない竜操士の技能と違い、絶対にダメージを与える必要こそあれど〝自意識を持つ存在〟であれば何でも調伏させられる可能性がある【鞭】の技能を使えと、両者ともに全く動けない様子のイムダにダルが指示を出すも、時すでに遅し。
「【黄金術:武装】、覚醒──【黄金術:宝具】……!」
「「「ッ!?」」」
ハーパーからの指示を確実に遂行すべく、シェイが発動した技能が覚醒済みのものであると気づいた時には、ほんの少しも動けないでいる3人の眼前でとある武器が錬成されていた。
シェイが発動に成功してみせた覚醒型技能の効果とは。
「迷宮宝具の錬成……!? けど、アレは……ッ!!」
「複製品なんかじゃない、真正品ですよ……!」
「馬鹿な、私にさえそのような芸当は……ッ」
ダルたちが見抜いた通り、〝真正品の迷宮宝具の錬成〟。
どうやらシェイと同じ職業であり同じSランクの適性を持つヘイムもまた、【黄金術:武装】が覚醒した錬金術師だったようだが、その言葉からすると彼の技能はあくまでも〝限りなく真正品に近い複製品を錬成する〟効果しかなく。
職業も適性も同じで、Lvは彼の方が高いのに何故シェイの覚醒型技能の方が優れているのか理解に苦しむ一方。
「でも、ボクじゃ使いこなせないから──ハクアッ!」
「任されたっす! 【斧操術:丸鋸】、覚醒……ッ!!」
真正品を錬成可能な技能ゆえの欠陥、〝迷宮宝具からの意識の乗っ取り〟を早期に防ぐ為、指示を遂行する意味でも、そして何より彼女なら乗っ取られずに使いこなせる筈だと信頼する意味でもハクアに錬成した迷宮宝具を投げ渡す。
その巨大かつ諸刃造りの斧の名は──〝ラブリュス〟。
クラディスとの戦闘の際、シェイは触れるまでもなくラブリュスの解析に成功していたらしく、あの戦いでは明らかにならなかった、迷宮で使用する事で所有者のATKを倍にする能力、〝迷宮特化〟を発揮可能な真正品を錬成したのだ。
もちろん錬成するのはミョルニルでも良かった訳だが、あくまで【槌】は第2武器であり、主要武器はやはり【斧】。
「やれる、絶対やれるッ!!【斧操術:輪牙】ッ!!」
「おのれ……ッ、こんな……こんなところでぇええ!!」
それを誰より自覚していたハクアの気合いに呼応するかのように、【斧操術:丸鋸】はハクア自身のMPとラブリュスを触媒として覚醒し。
それこそ人造合成種に向かって放てば丁度いいくらいに巨大化した丸鋸を投擲、周囲の物を生物、非生物問わず魔力や属性ごと巻き込みながら巨大化と変異を遂げ、そこにある全てを破壊する黒鉄の巨竜と化した覚醒型技能の脅威に曝されたダルたちが動けぬ状態で怒気と無念から来る叫びを上げた瞬間。
「感謝いたしますわ、精霊女王──【謁見行為】、解除」
「ぐ……ッ!? ぐあぁああああああああ……ッ!!」
接触寸前に精霊女王の御手をハーパーが解除した事で拘束は解けたものの、もう対処する時間など彼らには微塵も残されておらず、3人は激しく火花を散らしながらその顎を閉じた巨竜の餌食となり。
「〜〜ッ!! しゃあ!! 大勝利っすよォ!!」
「よ、良かった……」
「一段落、ですわね」
こうして、1つの戦いの幕が降ろされたのだった。
(あとは貴女だけですわ、シェルト様……どうか、ご英断を)