【最強の最弱職】の最大の強み
観覧客の大部分は思わず目を閉じるか逸らすか覆うかした。
何しろ、トリスの【槍操術:螺旋】がユニの顔の中心を目掛けて勢いよく伸びていき、今まさに貫き吹き飛ばそうとしているからだ。
野次馬気分で戦いを観に来た事は否定しないが、ここに居合わせた殆どの人たちは血で血を洗う殺し合いを観に来たわけではない。
「は、ははは……ッ、死んだ、確実に……ッ!」
元々ユニに対して良い感情を抱いていない様子のスプークだけは他の魔導師とも違い、バッチリ脳裏に刻みつけんとしていたが。
まぁ、それはそれとして。
では実際に、ユニの整った中性的な顔は文字通り裏を掻いたトリスの一撃によって貫かれ、吹き飛ばされてしまったのかと問われると──。
──……否、と答えざるを得ない。
今や完全に霧も晴れ、反対側の観覧客の顔もしっかりと見えるほどになった結界の中では、ユニがトリスの【槍操術:螺旋】を。
「「「ッ!?」」」
受け止めていた。
片手で。
手袋こそしているとはいえ、素手で。
おそらくはLv100の迷宮を護る者だろうと脳天を貫き、そのまま尻尾の方までぶち抜く事さえ可能な不意打ちを、あの超至近距離から、そしてクロマによる状態悪化が付与された状態で受け止めたのだ。
「あの威力の技能を、あの至近距離で受け止めた……!?」
「しかも素手だぞ!? あの手袋、迷宮宝具か何かか!?」
おそるおそる結界の中へと目を向けた観覧客たちが、その異様な光景に驚きを露わにしたり、あの真っ黒な革手袋もまたSランク相当の迷宮宝具なのではと勘繰ってしまったりすると混乱の極みに陥るのも詮なき事だと言えるかもしれない。
だが、リューゲルたちにとっては好都合だった。
これで、4つ目の強みを語ってやる事ができるのだから。
そして、リューゲルはユニから視線を外さぬまま。
「あれが、4つ目にしてユニの最大の強み──〝指〟だ」
「「指……?」」
「指が何だよ、あれを受け止めたから強ぇって事か?」
「それくらいは貴方にもできるんじゃないの? リューゲルさん」
「あー、まぁそうだが……そういう事じゃねぇんだよ」
「「?」」
同じSランクの彼や、その隣で頷いているフェノミアをして最大と言わしめる4つ目の強みは、ユニの白く細長い手の10本の指にこそあると明かしたまではいいものの、いまいちピンときていない様子の白の羽衣。
まぁ、ああやってグッと握った左手の人差し指と中指の間で槍を受け止めている事実を鑑みれば、いわゆる『ピンチ力』──指で物を挟んだり掴んだりする際の力が常人よりも優れているのかもしれないと勝手に推測したりもしていたが。
正確には、少し違う。
尤も、『正確には』と称したものの実際ピンチ力自体もかなり飛び抜けており、数多の竜化生物の中でも『手で道具を作り扱う』事に長けた、チンパンジーを派生元とする〝類人猿竜〟の握力や指力すらも遥かに凌駕している以上、白の羽衣の推測は別に間違いというわけでもない。
「そもそもの前提として、あいつの得意武器は【爪】だ。 んで2番目が【銃】で、3番目が【弓】。 他も別に苦手ってわけじゃなく、分け隔てなく扱える。 全部適性Sなんだから当然だがな」
「それが、どうしたんですか?」
それを解説していく為の前置きとして、15の武装の中でユニが得意とする武装TOP3を明かし──1年ほど前に酒の席で教えてもらったらしい──あらゆる武装の適性がSランクである中でも特に得手としている3つの武装を何故こうして羅列したのかという疑問に答えたのはフェノミア。
「3つの武器に共通してるのは、〝指の力〟がそのまま装備してる狩人の強さに直結するって事よ。 だから、あの娘が扱う爪だったり銃だったり弓だったりは途轍もない性能を発揮する事になるの」
「なるほど、それでアイギスを……」
リューゲルが挙げた3つの武装をユニが装備した場合、たとえそれらが迷宮宝具であろうとなかろうと関係なく、『ユニに装備される為に作られた武装』であるかのような性能を持つ事となり、アイギスを『本気を出せる武装』と呼んだのも形態の中に爪を含んでいるからだったのだろうと戦士が1人納得していたのとは裏腹に。
「……けどな、あいつはその爪だの銃だの弓だのを──」
リューゲルは、ここまで自分たちが語ってきた全てを覆すかのような『けど』という接続助詞を用いて、つい先程リューゲル自身が挙げたばかりの3つの武装を──。
「──装備しねぇ方が、無手の方が強ぇんだよ」
「「えっ!?」」
「どうして……?」
あろう事か装備しない方が、何の武器も防具も手にせず指を自由にした状態の方が強いのだという衝撃的な事実を明かし、いくら何でもそれはと全く信じられていない様子の白の羽衣からの問いに。
「あいつの10本の指が、あらゆる武器より軽く鋭利で、あらゆる防具より重く頑丈で、あらゆる触媒より魔力を通し──……そして、通さない事ができるからだ」
「な、何ですかそれ……本当に、人間なんですか……?」
白く綺麗で傷一つないユニの手に生えている、あの革手袋の下の白く細長くしなやかなだけである筈の10本の指は──。
どんな剣や槍よりも斬れ味鋭く、どんな爪や銃よりも軽々と振るえ、どんな槌や斧よりも重厚で、どんな盾や鎧よりも衝撃に強く。
そして、どんな武器や防具や装飾品──果ては迷宮防具すら含めた全ての触媒よりも魔力の通りが良く、それでいて通りを悪くする事もできるという真逆の性質さえも併せ持つのだと明かし。
聞けば聞くほど人間のそれとは思えなくなっていく一方で。
「ん、んん? 魔力を通すのか通さねぇのかどっちなんだ?」
魔力を通すという事は、攻めに回れば所有者の技能や魔術の威力や効力を高める事に繋がるが、一転して守りに回れば相手からの技能や魔術、竜化生物の息吹を透過させてしまう為、武器に適した性質だと言える。
逆に魔力を通さないという事は、攻めに回れば所有者の技能や魔術の威力や効力を高めるどころか纏わせる事もできないが、一転して守りに回れば相手から技能や魔術、竜化生物の息吹を一切通さず受け切る事ができる為、防具に適した性質だと言える。
そんな正反対の性質を同じ指で併せ持つというのは、どういう事なのかと独り言めいた疑問を武闘家が呟いたところ。
「〝伝導率〟って知ってるわよね」
「えぇ、それはまぁ……」
狩人ならば──いや、狩人なくとも大抵の者が知っているとされる単語を用いて、フェノミアが疑問の解答を語り始めた。
先の会話と繋がっている事からも解るかもしれないが、伝導率とはまさしく『その武器、防具、装飾品などなどがどれだけ魔力を通すか、或いは通さないかを示す数値』であり、武器であれば高ければ高いほど、防具であれば低ければ低いほど優秀とされる。
ちなみに、この伝導率という数値は武器や防具といった非生物にのみ適用されるものではなく、人間にも竜化生物にも適用される。
部位によって多少の差異はあれど、この世界の生物たちは各々が蓄える事の可能な水分量と同じ割合の伝導率しか持たず、人間の場合はおおよそ60〜70%が平均伝導率となるわけなのだが。
「あの娘の身体そのものの伝導率は常人より少し高い程度、%で表すなら75〜80くらいかしらね。 けれど、あの娘の指の伝導率は──」
どうやら指の事を差し置いてもユニ自身の伝導率自体も平均より高めであるらしく、その時点で常人よりも優れた才能を持っているのだからもういいじゃないかと話を終わらせる事もできるが、今回の主題はユニの10本の指の伝導率。
フェノミアがユニ本人に聞いた話によると──。
「──500%。 つまり、あの娘が指を触媒とした技能や魔術は通常の5倍の威力や効力を発揮する事になるのよ」
「「「はぁッ!?」」」
「一体、どういう……」
500%という、どうやって測定したのかすら見当もつかない馬鹿げた数値の伝導率を持っているのだと明かした事で、戦士と神官以外の白の羽衣が唖然とする中、戦士だけは毅然とした態度で。
「……では、転職士の『全職業と全武装の能力値及び威力と効力の半減、MP消費量の倍増』という致命的な欠陥も……」
「あぁ。 指を武器や防具、何より触媒とする事でほぼ無視できる。 だから、あいつは──」
ユニが就いている転職士が最弱職と云われる所以の欠陥をも無視して戦えるからこそSランクなのかと問い、その問いに我が意を得たりと横顔で凶暴な笑みを浮かべるリューゲルは、ユニを──。
──【最強の最弱職】──
──〝ユニ〟──
「──……そう呼ばれてんだ」
転職士にしてSランクなのだと語り終えた。
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