狩人講習:7日目・vs突然変異種擬き (転)
「増殖変異種は総じて鈍重! 速度で攻めましょう!」
「シルフ、風の加護を! SPDを一時強化しますわ!」
「〝加速の秘薬〟も使ってください!」
「基本は自分が前線で戦うっす、お嬢たちは支援を!」
「えぇ、出し惜しみはしない! 最初から全力よ!!」
指示出し、状態好化掛け、柔軟な連携──結成したばかりのパーティーとは思えない行動力を6日間で知らず知らずのうちに身につけていた黄金の橋が戦闘に身を投じていく中。
『ユニ様、先ほど仰っておられた事ですが……』
「気になる?」
『えぇ、あえて弱く見せる必要がどこに?』
まるで他人事のように──まるでも何も他人事だが──シェルトたちから華麗に視線を外したフュリエルの、ユニが言っていた〝擬態〟の真意が解らないという旨の疑問に対し。
「この世界における突然変異種っていうのはね、ともすれば迷宮宝具以上の価値があるんだよ。 討伐が最高の栄誉なのは間違いないけど。 皮膚や鱗の採取、魔術や迷宮宝具による撮影、正確でさえあれば目撃情報だけでも一定の賞与が出る」
『存在そのものが財宝、というわけですね』
ユニが語り出したのは、この世界での突然変異種の価値。
事実、竜か首かを問わず殆どの狩人が普通に活動しながらも心のどこかで〝一攫千金〟や〝栄耀栄華〟を求めている事は否定できず、その中でも突然変異種に関連する栄誉は並のクエストを百近くこなす以上の利益を得られると言っても過言ではない。
もちろん遭遇する確率自体が途轍もなく低く、たった1度の人生で遭遇できるかどうかも解らぬ怪物に夢を馳せるまでは良くとも、それだけを夢見て普通の活動を怠ってしまっては本末転倒である為、運が良ければという話ではあるし。
「けれど、そもそも突然変異種に遭遇したからといって採取や撮影、討伐にまで踏み込もうとする狩人は殆ど居ない」
『返り討ちに遭うから、ですか?』
「命あっての物種だしね」
もし仮に7種の突然変異種のいずれかに運良く遭遇できたとしても、フュリエルの言うように〝突然変異種が人智を超えた怪物である〟という事実がある以上、一握りの強者以外は息を潜めてその場を後にし、せめて目撃情報だけでもと協会の扉を叩くだけ。
……尤も、それでもなお目撃情報が少ないのは殆どの狩人が突然変異種から逃げ切れずに殺されているからなのだが。
「その点、増殖変異種は突然変異種の中で最も弱い。 それまで相対した事はなくても、その事実だけは知ってる狩人も多いから大抵の場合で戦闘が発生する事になるんだけど──」
しかし、その突然変異種が増殖変異種ならば話は別。
死の危険が通常個体より高まるというのは同様でも、他の6種に比べれば幾分もマシだという事は狩人にとっては周知の事実であり、その事もあって殆どの場合で『他より弱いし勝てるかもしれない』という希望的観測で以て挑む事になるのだと。
それでも大半の未熟な狩人が命を落とす事になるのだと、ユニが語る一方で黄金の橋は今この瞬間も戦い続けており。
「シェイ、足場が欲しいっす! 首まで届くくらいの!」
「う、うん! 【黄金術:属性】!」
「どもっす! 行くっすよォ!!」
錬金術で創造した為、普通の石にはない〝弾性〟を得た複数の石柱を足場にし、まるで宙を跳ねるように迷宮を護る者の背後と頭上を取ったハクアは斧にMPを充填させつつ。
(増殖変異種の皮膚は硬い、まずはDEFから削って──)
学園で教わった増殖変異種の強み、〝耐久力〟を削ぎ落とさない事には何も始まらないと解っているからこそ、DEFを下げる事に特化した攻撃系技能を発動しようと斧を振りかぶった瞬間。
『──BOLOOWL』
「うぇッ!?」
包帯で隠されている為、一体どういう絡繰なのかはさっぱり解らないが、どう考えても普通の生物ではありえない角度に曲がった首の1つが正確にハクアを捉え、どう見ても人間の手で研がれているようにしか見えない鋭すぎる牙を携えた顎でハクアを噛み砕かんとする迷宮を護る者。
「絞め落とすのは無理でも……ッ、【暗影術:絞殺】!」
『O、WEEL?』
「あざっすお嬢! 【斧操術:兜割】ッ!!」
しかし、その必殺の咬撃を防いでみせたのはまさかのシェルトであり、本職には劣りこそすれ充分な拘束力を持った魔力の縄で口を縛った事で死を回避したハクアは礼を述べつつ思い切り鼻先に斧を叩き込んだ。
……そう、無防備極まる鼻先に叩き込んだ筈なのだが。
「〜〜ッ!? 硬ッ、た……!!」
『GREEWL』
「ダメージも全然、ってヤバ──」
負傷によるATKの強化だけでなく仲間からの状態好化もあって威力は充分だった筈なのに、あろう事か彼女の腕の方が斧から伝わる反動で痺れてしまう始末。
加えて殆どダメージが見られない迷宮を護る者は、さも何でもないかのような口を開く動作で縄を断ち切り、もう1度と言わんばかりにハクアを喰らわんと牙を剥いたものの。
「目を閉じなさい、ハクア! お願い、〝ウィスプ〟!」
「う……ッ!」
「【浮】!」
2度目の咬撃を防いだのは光の精霊の力を借りて閃光手榴弾よろしく目眩しを実行したハーパーであり、この至近距離かつ短時間で彼女の声に反応してみせたハクアも流石だが、その光は閉じた目蓋をこじ開けるようにハクアの網膜を刺激し、次の行動を遅らせる。
それを魔術でカバーしたシェルトの助力がなければ、この局面で落下による不要な負傷を受けていたかもしれない。
「ッ、お嬢! コイツ、鈍重なんかじゃねぇっすよ!」
「おまけに息吹の1つも吐きませんし……!」
「ボクたちなんて、敵じゃないみたいに……」
「くぅ……ッ」
が、それはそれとしてリーダーの指示出しが間違っていたのは間違いなく、3人に攻めるつもりはなくとも己の判断ミスで劣勢を強いられている事に不甲斐なさを感じるシェルトを側から見ていたユニは、ただ静かに。
「アレを造った誰かにとっても、きっと想定外だっただろうね。 どんな目的があって造ったかまでは解らないけど──」
商人の技能、【通商術:鑑定】を発動させながら──。
分類:増殖変異種──……ではないどころか。
「──全く新しい種を誕生させてしまうなんて」
見た事もない分類が表示されている事実を呟いた。