狩人講習:7日目・vs突然変異種擬き (承)
7種の突然変異種の一角──〝増殖変異種。
それは、〝本来そこにない筈の部位を歪に生やして産まれた、もしくは迷宮内に現出した竜化生物〟を指す分類の事。
4本しかない筈の脚が何本か余計に生えていたり。
そもそも存在しない筈の腕が背中から生えていたり。
2匹以上の竜化生物が1つの個体として結合していたり。
などなど、いわゆる〝奇形〟の竜化生物が増殖変異種として分類される事になるのだが、ここで1つの疑問が湧く。
……それは、強いのか? という抱いて当然の疑問が。
例えば、白色変異種。
通常の竜化生物とは比較する事さえ馬鹿らしくなるほどに強大な威力と規模を誇る、純白の息吹を放つ突然変異種。
例えば、黒色変異種。
息吹袋が存在しない代わりに、1つの生物としてあまりに逸脱した強靭な漆黒の肉体で全てを破壊する突然変異種。
この2種が、人智はもちろん竜化生物の理すらも超越した正真正銘の怪物である事は間違いない──……のだが。
では、件の増殖変異種はどうだろうか。
確かに、通常の個体ではありえない位置にありえない部位や器官を備えている事で優位に立つ事はあるかもしれない。
背に生えた瞳が死角を消したり。
あちこちに生えた脚が走行速度を高めたり。
必要以上に携えた翼で更に高く飛んだり。
しかし、それはあくまでもほんの一部の事例のみ。
仮に増殖変異種が他の突然変異種と敵対した場合、勝利するのは他の突然変異種だ──と、殆どの有識者が断言している。
結論から言えば、〝1歩劣る〟のが増殖変異種なのだ。
だとすれば一体、増殖変異種の強みとは何なのか。
それは──〝耐久力〟、及び〝再生力〟。
本来そこにない部位や器官が増えているという事は、その分の体重や容積も増えているという事であり、それに伴い肉体そのものの耐久も通常個体に比べ格段に強化されていて。
また、容積が増えている兼ね合いで肉体が持つ〝熱量〟も遥かに高く、素手で触れると火傷してしまうくらいに皮膚や鱗が熱されていながら体温の異常なほどの上昇による悪影響を受けても支障なく活動できるだけでも厄介だというのに。
その逸脱した耐久力や熱量を乗り越えてダメージを与えられたとしても、どういう訳か通常個体とは比較にならないほどの自然治癒能力で以て即座に回復してみせるだけでなく。
追い討ちをかけるかの如く、それらの個体が増殖変異種に分類される所以となる奇形の部位に限って殊更に再生力が高くなっており、上述した〝利益を産む奇形〟を削ぎ落としても瞬時に同じ位置へ同じ部位が生えてくるという輪をかけて厄介な特性をも併せ持つ。
倒したくても生半可な攻撃は一切通らず、通せたとしても即座に再生する、ひたすら重く硬く大きく面倒な竜化生物。
それこそが、増殖変異種なのである。
……ただ、逆に言うと攻撃面に関しては通常の個体より重く大きいせいで押し潰されてしまう可能性が高いという程度でしかなく、また耐久力に関しても黒色変異種には遠く及ばない時点で、〝時間がかかる上に得られるEXPも言うほど高くない〟というのが狩人たちからの概ねの評価であり。
学園でそう習ったのだろう黄金の橋が、突然変異種を前にしても未だ冷静さを失いきっていないのも頷けるというもの。
増殖変異種なら、或いは──と希望を持つのも解る。
……が、しかし。
『──あの個体、何か妙ですね』
「お、解る?」
フュリエルは、のしのしと近づいてくる増殖変異種が持つ何らかの奇妙さに気づいており、その呟きを耳にしたユニに至っては最初から気づいていたのか楽しそうに微笑みつつ。
「あのツギハギと包帯、明らかに人間の手によるものだよ」
『やはり……』
眼前の個体が人為的に造られている事をサラリと明かす。
そう、今シェルトたちを見下ろしている増殖変異種は首が3つも生えているという事実以上に、まず間違いなく産まれた時にはなかっただろう痛々しいツギハギと、それを幾らか隠そうとする生々しい血染めの包帯が全身を覆っており。
『ゆえにこその、〝擬き〟というわけですね? ユニ様』
「そもそも増殖変異種って、あんなに綺麗じゃないし」
『なるほど……』
人為的に造られたのなら、それは〝増殖〟でも何でもない単なる〝移植〟であるし、ユニが前に見た個体がたまたまそうだっただけの可能性もあれど、そもそも〝奇形〟とは竜化生物に限らず大抵の場合で歪に産まれるもので。
ああも綺麗に3つ首になる事などない、という経験から来る主観もまた〝擬き〟なる表現の整合性を後押ししていた。
だが、それはそれとして──。
『……しかしながら、だとするとユニ様が討伐されずともよろしいのではありませんか? 他の突然変異種ならまだしも元より得られるEXPの少ない増殖変異種ですらないというのであれば、あの4匹に任せてしまえばそれで──』
フュリエルの言う通り、ユニが〝擬き〟を討伐するメリットよりも当初の予定通りでないとはいえ突然変異種の討伐という得難い経験を積ませる方がユニとしても嚮導役の身としても良い事尽くめなのではと質問、或いは提案しようとしたものの。
「いや、それはできない。 アレを私が倒すのは必然だ」
『それは、一体……?』
それは当のユニに断固として拒否されてしまい、その理由に全く思い当たる節のないフュリエルが再び問うたところ。
「君は1つ勘違いしてるよ、フュリエル。 ここで言う〝擬き〟ってのは何も〝偽物〟とか〝複製〟とかじゃなく──」
「──より弱い存在への〝擬態〟、って意味さ」