狩人講習:7日目・vs突然変異種擬き (起)
それから、ハーパーが精霊たちに教えてもらった通りの最短ルートを1時間半ほどかけて進んだ黄金の橋の眼前には。
「──……これなのね? この迷宮の〝最奥〟、先の咆哮を轟かせた迷宮を護る者が待ち構える部屋に通じる扉は……」
「えぇ、間違いなく」
扉というより〝門〟と例えるべきであるようにも思える巨大かつ重厚な、それでいて荘厳さも損なわれていない石造りの扉が今か今かと4人の侵入を待ち構えており。
「精霊たちは大丈夫? 一緒に戦ってくれそう?」
「そちらについても問題ありませんわ。 直の接触は断固として拒否されましたけれど、それ以外の事ならばと……」
「なら良いわ。 ハクア、シェイ。 貴女たちはどう?」
「っす、いつでもいけますよ。 覚悟完了っす」
「やれ、ます……ッ、いいえ、やります……!」
「よし、それじゃあ行きましょう──」
決戦を間近に控えているからこそ冷静に現況を確認しつつ、ついでにメンバーたちの戦意が全く衰えていないどころか滾っている事を充分すぎるほどに把握できたシェルトが。
「──今日この日が、黄金の橋の始まりの日よ」
「「「……」」」
決意と覚悟を胸に、どんな迷宮の最奥の扉にも共通して存在する〝開扉用の魔方陣〟に魔力を込めて扉を開く一方で。
シェルトを除く3人は、全く違う結末を覚悟していた。
始まりの日どころか、終わりの日になるかもしれないと。
★☆★☆★
ゴゴゴと鈍い音を立てて左右に口を開けていく扉に気を取られながらも、〝扉が開いた瞬間に息吹を放出されてもいいように〟と4人全員が防御や回避、或いは迎撃に備える中。
4人の警戒を嘲笑うかのように、扉は完全に口を開き。
実力も精神も未熟な少女たちを招き入れる──。
「ここが、この迷宮の最奥……迷宮を護る者は……?」
そこは巨像が鎮座していた場所より更に広く、上を見れば塔の内部であるかのように果てしなく高く、奥を見れば光も届かぬ洞窟であるかのように果てしなく深い、およそ人間の手では絶対に造る事のできない型破りな空間であり。
辺りを見回してみても、そこに迷宮の主の姿はない。
「姿は見えませんが、この広さ……もっと奥に──」
しかし、これだけ広いという事はどれだけの巨体であろうと、どこに潜んでいても不思議ではないという事。
今この瞬間にも、あの咆哮の主が姿を現し得るという事。
1歩、また1歩と陣形を崩さぬように慎重に足を運びながらも、前後左右はもちろん上方の警戒すらも怠らず奥へ奥へと進んでいた4人の視界に突如として入り込んできたのは。
「「「──なッ!?」」」
下以外のほぼ全方位から飛来する、直線状の息吹。
……単なる魔力の塊である時点で、これが迷宮を彷徨う者の息吹だという事は明白だったが、それはそれとしてあまりにも数が多く、そして前触れも逃げ場も容赦もない〝質より量〟を体現するような千万無量の攻撃に。
「【黄金術:属性】!」
「シェイ!?」
思わず3人が硬直する中にあり、あらかじめ手袋の甲側の生地に刻んでおいた錬成陣にMPを込めつつ──ユニから教わった高速錬成法の1種である──勢いよく床に両手をつけて、下方以外を防御する半球状の石壁を錬成したシェイ。
その石壁は魔術で顕現させたものとは性質が全く違い、ただ外からの攻撃を防ぐだけでなく、防いだ息吹を構成するMPの一部を石壁自体がスポンジのように吸収、壊れた先から自動的に修復していく機構をも兼ね備えていたものの。
「くぅ……ッ!? さっきより、強い……!」
「ノーム、壁の補強を!!」
数の違いはもちろん、そもそも道中と最奥の個体でLvが違うというのは基本中の基本であるのだが、それを加味した上で自動修復機構を物ともせずに石壁を割るべく次第に息吹の威力が高まってきている事をシェイの苦悶の表情から察したハーパーが土の精霊の力で補強する中。
「シェイ! ハーパーさん! 自分に道を!!」
「ッ、了解……!」
「任せましたわよ!」
降って湧いた艱難辛苦を斥けるのは一番槍の己の役割だと誰より自覚していたハクアからの頼みを受け、シェイは敵に悟られぬよう瞬時に別の床へと通じる穴を足元に穿ち、そこを通って独り討伐へ向かうハクアの背を風の精霊の力でハーパーが後押しする。
「え、あ……ッ」
……シェルトは一足遅れてしまっていたが、無理もない。
3人と違って、彼女は凡庸なのだから。
「不意打ちたァ味な真似するっすね! 感心っす!」
『『『!! GROOOOWLッ!!』』』
およそ5秒後、人間における素の跳躍力ではありえないほど高く跳び上がって呵々と笑うハクアに気づいた平均Lv65近くの迷宮を彷徨う者たちが狙いを変えて一斉にハクアへ息吹を放ち。
「痛、づ……!! ははッ、ご協力感謝ァ!!」
それを一身に受けたハクアは当然ながら看過できないほどのダメージを食らってしまったが、それも彼女の計算の内。
「【斧操術:丸鋸】からの──【斧操術:十戒】ッ!!」
『『『YEELPッ!?』』』
狂戦士の常時発動型技能、【狂奔術:快薬】によって遥かに強化されたATKに加え、空気との摩擦で火花を起こすほど超高速回転する激流の刃と化した斧を360°全方位へ振るわれてしまっては有象無象が耐えられるわけもなく。
全てとはいかなかったが、少なくとも息吹を放った30近くの個体は吹き飛ばされるか両断されるかして命を散らし。
「……よっと! ふぅ、結構良いのもらっちまったっすね」
「だ、大丈夫? 今、回復を……」
「いや、このまんまで良いっすよお嬢。 自分は狂戦士、ちょっとぐらい傷ついてる方が戦力になるってモンすから」
「そ、そう? なら、いいのだけど──」
Lvが上がった反動か着地に若干の違和感こそあれ、ダメージによる苦痛については毛ほども表情や態度に出さないばかりか、せっかく神官に転職していたシェルトの気遣いも固辞するくらいの余裕を見せるハクア。
……気遣いだったのか、それとも単に何もできなかったがゆえの踠きだったのかは定かでないが、それはさておき。
「──警戒を! 奥から何かが……!!」
「「「!!」」」
次の瞬間、リーダーの指示通り戦闘終了後にも常に広い視野で周囲を警戒し続けていたシェイが、『ドスン』という鈍い足音が響くよりも早く暗闇から忍び寄る何かの存在を悟り。
そちらへ視線を向けた3人の、そしてシェイも含めた全員の首が少しずつ、少しずつ前方から上方へと向いていく事からも解る通り、その存在は途轍もなく大きく、そして──。
──……あまりにも、異形な姿だった。
「……なるほど。 どうやら、お眼鏡に適ったようですわね」
「取り巻き使って品定めっすか? 趣味の悪ィこって」
「シェルト様の推測通り、でしたね……」
「……そうね、できれば外れてほしかったけれど──」
「お初にお目にかかるわ──〝増殖変異種〟」