狩人講習:7日目・迷宮攻略 (結)
それから、およそ30分ほど進んだ黄金の橋は──。
「──お嬢、もしかしなくても〝アレ〟が……?」
「えぇ、例の石像よ」
「確かに、3つ首の犬……それも、あんなに大きな……」
シェルトとハーパーが一足先に探索した際に発見し、残る2人に存在を伝えていた巨像の間へと辿り着いており。
初見のハクアたちはもちろんの事、2度目な筈のシェルトたちまで、その威風堂々とした佇まいの像に圧倒される中。
「〝迷宮内部の意匠や構造に意味などない〟──……学園でそう教わって久しいですけれど、あまりに作為的で……」
「まぁ気持ちは解るっすよ、不気味っつうか何つうか」
「端に並ぶ石像も、アレを崇めてるみたいですね……」
学園に入学して1年目、基礎中の基礎として教わった〝迷宮という存在が如何に理の外にあるか〟という授業の内容を踏まえるのなら、そこに意味を見出そうとする行為そのものが無意味だと言えなくもないのだが。
まるで3つ首の石像を〝王〟や〝神〟か何かの如く崇め奉るように首を垂れる普通の犬を模った石像が、この巨像の間の壁際を埋め尽くす勢いで並んでいるのを見ると、そこに意味を求めるなという方が難しい気さえしてくるのも無理はなく。
加えて精霊たちからの、〝普通じゃない〟という情報。
実際に相対してみるまでは何とも言えないが、ユニでさえ苦戦し得るほどの怪物と接敵する可能性がある事を、4人全員がしっかり念頭に置いておくべきだと判断したシェルトは。
「……ほぼ、確定と見ていいかもしれないわね。 ここの迷宮の主は突然変異種……もっと言えば、その内の1種の──」
更にその先、〝3つ首〟という異形の姿に着目しつつ学園3年目に教わった〝現時点で確認されている突然変異種の形態について〟を想起し、7つの種の1つを口にしようとした──。
──その瞬間。
『『『──……OOOOOOOOWL……ッ!!』』』
「「「「ッ!?」」」」
この広く深い迷宮の更に奥から響いてきたのは疑いようもないものの、まるで距離を感じさせぬほどの音圧で4人の鼓膜を揺らし、ともすれば迷宮そのものを破壊しかねぬ勢いで驚いた何某かの声のようなものに、シェルトたちは耳を塞ぎつつも一斉にそちらへ視線を向け。
「い、今のって、まさか……!!」
「ただの咆哮で、この圧力……ッ!?」
「通常個体なら無理でも、3つ首なら或いは……」
誰もがそれを迷宮を護る者の咆哮だと、3つもの首を携えているからこその遠吠えだと確信し、ごくりと息を呑む中。
「ユ──……ッ!」
シェルトは独り、ここに突入したからには決して頼ってはいけない嚮導役の名を口にして縋ろうとしてしまったが、すぐさま己の過ちに気づいて首を横に振ってから強めに両の頬を挟むように叩き。
「──……進みましょう。 ここまでは、かなり消耗を抑えられてる。 たとえ突然変異種が相手でも私たちならやれるわ」
「「「……ッ、はい」」」
とにかく今は、この狩人講習を完遂させるべく前に進もうと、かつてないほど覚悟と決意に満ちた表情で指示を出すリーダーの姿に、これまで失った信用や尊敬の念を取り戻すとまではいかずとも、3人が様々な思いを込めて頷く一方。
『実際どうなのでしょう、その擬きとやらに勝てますか?』
「あの娘たちが? んー、どうだろうなぁ」
『……よもや敗北を前提とした試練なのでしょうか』
「あぁいや、そういうわけじゃなくてね──」
黄金の橋がどうなろうと興味はないし、かつてのユニとの戦いにて3対1で敗北して以降、3柱の中でも特にユニへの畏敬の念が強いフュリエルは〝ユニの選択に間違いはない〟という偏った思想のもと付き従っているのだが。
もし最初から失敗するように仕向けたものだとしたら、それは嚮導役として正当な務めと言えるのだろうか──という、〝天使〟として根源的に持つ仄かな〝良心〟が働いたがゆえの問いに、ユニは苦笑を浮かべつつ。
「──あの突然変異種擬きは、私が倒すから」
『えっ?』
根本を覆すかのような回答で以て、問答を終わらせた。